3、テッタとメー

 緋色の髪の女の子が、小さな段差からジャンプして、両足を揃えて着地した。
 すぐ後を、ゆっくり片足ずつ地面につけながら、金髪の男の子がついてくる。
 女の子は、振り返って、男の子に声をかけた。
 女の子の額には、二本の黒い角が生えていた。
「テッタ。もうすぐだよ。ねぇ、ガンバロ」
「う、うん。でもメー、そろそろ休もうよ。お腹も空いたし…」
 テッタはお腹を押さえて言った。
 背中に背負ったリュックの中に、家を出るときにくすねてきたおやつが入っている。
「だめよぉ。まだダメ。ほら、お日様だってまだ真上に無いわ」
 そう言って、メーは空を指差した。
 テッタは渋々といった顔で、メーの後を歩き出した。
 そんな時、近くで鳥が一斉に飛び立った。
 どきっとして、二人はお互いの手を握った。
 先に手を放したのはメーからだった。
「テッタ、走って!」
 鳥が逃げ出すような何かが近くに居ることに、二人は怯えた。
「ねぇ、メー。やっぱり僕の村に行けば」
「だめよぉ。それはダメ。だって──」
 急にメーの声が詰まる。
「どうし――――」
 どうして? とテッタが声をかけようとして、目の前のものに息を呑んだ。
 刃だ。曇り一つ無い研ぎ澄まされた鋼、命を奪うための剣が二人の行く手をさえぎっていた。
 褐色の何かが茂みから飛び出すと、メーの喉を掴み木に押し付けた。
 メーが暴れて引っかくが、褐色の腕はびくともしない。
 腕の主は黒髪の少年だった。村の人間じゃない。
「テッタ、だな。村から捜索依頼を受けた。無事か?」
 イズルは、男の子に声をかけた。
 真っ先に魔物の喉を押さえたのは、魔術を使わせないためだ。 精神集中と呪文さえ唱えさせなければ、魔法は発動しないと、弟から聞いていた。
「もっと虫っぽいのを想像してたんだけどなぁ」
 改めて魔物を見下ろして、イズルは戸惑った。
 真紅の髪と目に、額に小さな黒い角が生えている他は、テッタと同じ年頃の女の子にしか見えなかった。 力も、子供としか思えないぐらい弱い。
 口の端からよだれをこぼしながら、女の子がイズルを睨み返していた。
「人型の魔物は苦手なんだよなぁ。どうやら、 巣に連れ帰って食べるつもりだったみたいだが、悪いな」
 イズルは、右手の魔剣を掲げる。
 突き通せば、内と外からこの生まれたばかりの魔物を焼き尽くすだろう。
「メーを放せよっ。死んじゃうだろ!」
 剣を持つ右腕にテッタがしがみついた。
 イズルは慌てて、右腕を高くあげた。
 この刃で傷を負えば、火傷ですむとは思えない。
「ばーか。可愛く見えたって、魔物なの。 見かけに騙されるんじゃ……いや、わかった。放してやるから、どいてな」  イズルは、左手を魔物から放した。
 魔物は、まるで人間の子供のように、そのまま地面にしりもちをついた。
 すぐに駆け寄ろうとするテッタの肩を抑える。
「いいか、見てろ。すぐに、化けの皮がはがれるぞ」
 イズルは、これから魔物が仕掛けてくるであろう攻撃に備えた。
 魔物の女の子が、顔をあげる。
 その両目から、ぼろぼろと涙が溢れた。
「へ? ああ、いや、そんな泣いて油断させようなんて、」
『う……うわぁあああああん』
 あまりに大きな泣き声に、イズルは剣を持つ手の甲で耳を塞いだ。
「ちょっ。何でっ? テッタ、お前まで泣くなよ。……あああ、え〜と、俺が悪いの?」
 魔物の女の子は、この隙に逃げようともしなかった。
 腰を抜かしたのか、立ち上がるのもままならないといった感じだった。
 なにやら泣き声の間に、メーは悪くないだの、おうちに帰るだけだの、 家のおやつ盗んでごめんなさい、何て言葉が混ざってる気がする。
 泣き喚く子供二人を前にして、イズルは途方にくれた。


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 結局、イズルは泣いている子供二人を両脇に抱えて小さい小川の側まで運ぶと、食事をとらせた。
 二人ともよっぽどお腹が空いていたのか、口一杯に食べ物を頬張る。
 水も飲めよお前ら、と世話したのがいけなかったのか、 空腹を満たした二人は、好奇心丸出しでベタベタと触ってきた。
「兄ちゃん。ハンターだろ。すっげー」
「ハンター? えへへ。すごいの〜? イズル、強いから好き」
 メーはハンターが何かも知らないで、テッタと同じく興味津々にイズルの顔を覗き込む。
「あのなぁ。俺はお前らを……ったく」
 イズルは舌打つ。
 一度、情けをかけてしまうと後でやりづらい。
 はしゃぐ子供たちを見ていると、疑問がわいてくる。
 テッタは、何も知らないただの子供だ。
 メーも卵から孵って数日にしては、少々頭が良すぎるのが気がかりなくらいだろうか。
 それでも、日中に活動しているぐらいだ。魔物としては弱いのではないかと思った。
「ねぇ、これ何?」
 声をかけられて、イズルの思考が中断される。
 テッタが背中から顔を出して、イズルの胸元に揺れる小瓶を指差して言った。
「ん? こいつは、お守り、かな」
 イズルは紐に親指をかけ、小瓶をテッタから見やすいように持ち上げた。
 メーは、イズルの正面から小瓶の中を覗き込んだ。中に白い粉のようなものが見える。
「わかった! 兄ちゃんの彼女からのプレゼントだ!」
 テッタの言葉に、イズルは苦笑すると、
「よくわかったな。こいつがあるから俺は戦ってる。力の源みたいなもんかな」
 そう答えるイズルの目は、どこか優しかった。
「彼女って、伴侶のことでしょ。何それ、ずるい。メー、この前生まれたばっかりなのに」
 メーが頬を膨らませて、イズルに詰め寄る。
「ずるい、と言われてもなぁ……お前、本当に魔物か?」
「うん。メーは、魔物だよ。お姫様なの! そうだ! イズルも一緒に行こうよ」
 メーは立ち上がると、イズルの腕を引っ張る。
「行くって、何処に?」
「かあさまのとこ」
 メーは大きく口をあけて、笑った。

 当たり前の事だ。卵があるってことは、それを産んだ親がいる。
 引き受けた依頼は、子供の救出とその命を奪えという命令だ。
 本拠地の虫退治までは、依頼外のことだ。
「待てよ。メーの退治も村人からの依頼には入ってないわけだ。だったら、……なぁ、メー。 お前を家まで送ってやるから約束しないか?」
「来てくれるの! うん、強い男だもん。何でもいって、メーがみんなにやってもらうから」
「あのさ。戻ったら、もう人里に近寄らないでくれないか。 みたところこの森も、魔物が近くにいる割には穏やかだからさ。 ランクはきっと、最低なんだろうなお前ら」
 イズルは、かつて訪れた吸血鬼の支配する森を思い浮かべた。
 虫の一匹もおらず、怨霊が彷徨う死の森だ。
 それに比べて、この森は川に魚がいて、空には鳥が、小さな生き物の気配がそこかしこで感じられた。
 近くの村には塀すらない。
 最近では珍しい、安全な土地だ
 近くに、メーのような穏やかな部類の魔物が巣を作っているので、他の魔物が寄り付かないのかもしれない。
 それに、さっきの食事でわかった。
 メーは人間と同じ食べ物で満足する。
 イズルは、きらきらと目を輝かせている魔物の子供の頭をなでた。
「それから、人間を食べないこと。でないと、怖いハンターがやってくるぞ」
「うん。約束する。するから、イズルは一緒にいてね」
「駄目だ。俺はハンターだ。魔物の天敵みたいなもんだ。わかるか?」
「ハンターなんて知らないもん。イズルはイズルでしょ」
「ね、ねぇ、メー。僕がいるよ」
 おずおずとテッタが申し出る。
「えー、テッタ、弱いんだもん。メー、しらなーい」
 メーにそっぽむかれて、テッタがあからさまに凹んだ。
「あー、わかったわかった。なら、また今度、会いに行くからそれでいいだろ?  でも、さっきの約束を破ったら俺も会いに来ないからな」
 しばらくメーは渋った顔をしていたが、絶対ね、と言ってうなづいた。

 イズルは空を見上げた。
 あの監察官がいるように見えない、が彼は気配を消せる。安心はできなかった。
 監察官の仕事は、ハンターに依頼をつげ、その仕事振りを見守ることだ。
 常に見張っているのは、見習いぐらいのものだ。 ハンターは卵のうちが死亡する確率が高い。ギルド側がハンターの力を見誤ったり、 最初の頃は魔物を前にして実力が出し切れないことがある。そんなときに監察官が、影ながらサポートするのだ。
 見習いをすぎれば監視は和らぐのが普通だ。なのにイズルにはまだ監察官をつけられていた。
「順番は、メーを届けたあとにテッタの村だな。二人とも俺から離れるんじゃねぇぞ」
『はーい』
 魔物の巣と、村の両親のそばに届けてしまえば、監察官にも簡単には手出しできない。
 すぐにイズルが村を出てしまえば、彼もついてくるしかない。
「姿を消したら、お前が出てきたくなるようなことをするからな」
 イズルはつぶやいた。
 良いのですか? と風に混じって声が聞こえた気がした。




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