世界は急速にその姿を変えていった。
 新種の生物が次々と現れ、古い種が消えていく。
 そんな変革の時を迎えていた。

 僕は幸運にもドームに入居することのできた技術者の一人だ。
 ここが安全かどうかはわからない。
 それでも、外の世界よりは未来が明るい気がした。

番外 ケニー=オクトバル

 ドームでの仕事は、外に居た頃と変わらない。
 僕は希望通りドール開発チームに配属された。
 同期で入ってきたチームメイトの中に、ほんの少し風変わりな男がいた。
 昔、事故で両耳を失ったらしく、今は補聴器が彼の耳代わりをつとめていた。
 傷跡を見られるのが好かないのか、金髪は肩にかかるくらいの長さで、青い目が印象的だった。
 補聴器を使うといっても、支障はほとんど無いらしくチームの会話にもよく参加する。

 飾り耳でも付けたらどうだろうと、誰かが言うと彼は穏やかに答えた。
「別に君らはこんなの気にしないだろ?」
 彼がそう答えると、不思議と皆もその気になる。
 彼にはそんな人を魅了するカリスマがあった。

 今でこそドール開発に着手しているが、彼は様々な分野でのエキスパートだった。
 生物、機械、経済、歴史、民族……彼の興味は尽きることを知らないのか、貪欲にこの世の事を学んでいた。
 もし彼がドームという閉鎖される前の時代に生まれていれば、その知識を存分に生かせただろうにと思う。
 本当に勿体無い話だ。

 そして、同期でこれだけできる奴がいることに、僕は尊敬もしていた。


*********


 僕がチームリーダーに任命されて、僕らの開発したドールも幾種類も外で見かけるようになった。
 ここドーム・セラフィムだけでなく、他のドームでも実用化が決定したと聞き、今夜は急遽(きゅうきょ)ちょっとした打ち上げパーティを催すことになった。
 ワークスーツから私服に袖を通しながら、電話のある方に声をかけた。
「そう言うわけだから、今夜は遅くなるよ」
「……そう、飲みすぎないで帰ってきてね」
 スピーカーから聞こえる彼女の声は、何処か寂しげだった。
 今度、何か埋め合わせを考えないと。

 バーの一角で僕らは酒を煽った。
「しかし、君を差し置いて僕がリーダーになるなんて思ってもみなかったよ」
 ほろ酔い加減で、そう彼に話し掛けた。
 彼にはそう、昔から圧倒されてばかりだ。
 しかし、彼は酔ってるね? と笑った。
「ケニー。君が相応しいよ。経験が違うからね」
 彼の背中を叩いて、僕は言った。
「何、言ってんだ。同期のよしみだろう」
「ほら、やっぱり酔ってる」
 彼の言葉に、皆が頷いた。
 首をかしげているのは僕一人だ。
「しっかりして下さいよ。ケニーさん。アイツがうちに加わったのは、一昨年じゃないっすか」
「そう、だったかな……」
「第一、年が合わない。あいつまだ二十歳を過ぎたばっかっしょ」
「ああ、そうか。参った。僕も年かなぁ…」
 そう、彼は一昨年に入ってきたばかりの新人だった。
 なぜ同期などと勘違いしたのだろう。
 彼は僕の間違いに気を悪くもせず、
「まだまだお若いですよ」
 そう言った。


 まったく、僕はどうかしている。
 そうその夜は思った。
 おかしいと気づいたのは、翌日ベッドで起きたときだ。
「ケニー。朝食は――」
「後でいい。それと、少し仕事の書類を見るからしばらく部屋に入ってこないで貰えるかな」
 自宅の端末から、塔システムにアクセスして、僕は彼の情報を探していた。
 リーダーという立場上、僕には他のメンバーの経歴を知ることができた。
 と言っても、どうせドーム内の住人、そんなに硬く調べる事もない。
 顔と名前、得意技能、そして犯罪や病気歴。これらをざっと見れば十分だ。
「…まったく、僕はどうかしている」
 これは個人的な興味による個人情報の閲覧にあたり、あまり喜ばれることではない。
 そう彼が僕と同期では、年が合わない。
 それでも僕には、彼との付き合いが二年程度には思えなかった。
 頭の隅で生まれた僅かな疑問に、僕は突き動かされた。
「I……ISANTE、イサンテ=ボルカノ。こいつだ」
 ぱっと見ただけで、彼の技能欄にはびっしり文字が埋め尽くされていた。
 出身は、ライカーン――あの、モンスター事件のあった町か。

 ライカーン。最も早くに変革が訪れた町であり、今も奇形児が後を絶たないと聞く。
 その反面にずば抜けて知能指数の高い天才児も多く生まれているらしい。
 なるほど。それなら彼がああもかしこいのがうなづける。
 ――彼の出生年月日が、あのライカーン事件以前でければ、そう納得していただろう。
「…これは、登録ミスか。いや、彼に限ってそんな」
 見間違いかと思って、目をこする。
 これが事実なら彼は僕の同期どころの話ではない。
 二世紀以上を生きる化け物だ。
 彼の技能欄を見ると、おびただしい数の資格で溢れかえっていた。

 ――人が一生をかけても取り切れないほどの量を。

「…経歴はっ」
 その経歴もまた、古いものだった。
 いち早く世界の危機を察知して作られた組織、僕が生まれる前に解体された組織から彼の履歴は始まっていた。
 彼はその有能さから移籍し、移籍先の組織もとうの昔に消えたものだ。
 この書類によれば、彼がドームに入ったのは僕よりずっと早く、彼はその中でもまた仕事を点々としていた。
 そして、僕と共にドール開発チームに入り――今に到る。
 僕の記憶は正しかったのだ。
 病気歴は特に無く、ただ難聴についてのメモがある程度だった。
 ここまであからさまにおかしい書類に、なぜ誰も気づかなかったのだろう。
 こんな書類は見たことがなかった。
 終わったと思った書類の最後に、まだ文章が続いていた。
「備考……門(ゲート)調査中に、誤って門(ゲート)内部に転落――!? 門って、異界のアレかっ」
 門(ゲート)、ライカーン郊外で発見されたこの世の綻び。
 一説によれば、この門を通じてライカーンの魔物はこの世界に迷い込んできたという。
 そしてこの穴が開いたことで、ボルカノが現れたとも言う。

 汚染物質ボルカノ。生命に急速な進化を与えるソレと、彼の名前が同じなのは偶然か?
 いいや違う。彼が見つけたのだ。
 僕が生まれるよりずっと昔に。

 ――まだまだお若いですよ。

 彼が昨夜言った言葉は、社交辞令ではなく、事実を指すとしたら。
 ぞくりと寒気が走って、僕は書類を閉じたい衝動を堪えた。
 異界を覗いて戻ってきた男。老いを無くした男。
 …それは果たして、人と呼べるモノだろうか。


*********


「リーダーは? 今日はまだ見かけてないね」
 イサンテは、メンバーに声をかけた。
「ああ、先日の飲みの後風邪引いて、昨日一日寝てたけどまだ治ってないから午後から来るってさ」
「…ふーん。それは、お大事に」
 いつも通りの何気ない会話だった。

 出社してきたケニーはまだ顔色が悪いままで、今夜も早く帰宅すると言った。
 イサンテは、彼が一人になった頃合を見計らって声をかけた。
「随分、調子が悪いみたいですが」
 言いながら、ケニーに歩み寄ると彼は恐れるように退いた。
 イサンテを避けるように。
「…どうしました?」
 イサンテは優しく問い掛けた。
「言い換えましょうか。何を思い出しました?」
 ケニーはうわずった声で、イサンテに促されるまま答えていた。


「誰にも言わないのなら、生かしてあげるよ」


*********


 あれから三ヶ月がすぎた。
 僕は彼に誰にも口外しない事を約束したが。限界だった。
 彼に告白した次の日から、僕はドール開発のリーダーを降ろされ、別の仕事をすることになった。
 死者蘇生というコンセプトで、毎日ドームの内外の死体を相手にする。
 いや、死体だけではない。何処から連れて来たのか、生きているものを使って悪魔術的な儀式を行うことさえあった。
 恐ろしいことに、"成功例がある"。
 今の課題は…何人の命で、人ひとりを生き返らせることができるか、だ。
「大丈夫? ケニー。最近、仕事が忙しいみたいだけど…」
「あ、ああ。ドールの生産が本格化してね。色々」
 僕はドール開発の第一人者という表向きのままで過ごしていた。
「ねぇ、ケニー。あなたに話したいことが――」
「もう沢山だっ」
 気が付けば、僕は彼女の言葉を遮って悩みを聞いて欲しい、と打ち明けていた。


 全てを聞いて、彼女は呟いた。
「人間には、これが限界みたいだね」
 それは彼の口調そのものだった。
「やっぱり、生き返らせたい対象がいないと、必死になれないよね」
「待っ――」
 身を翻す彼女の腕を掴もうとしたが、確かに掴んだと思った手が空を切った。
 開いたベランダへと走る彼女を、必死に追う。
 それでも僕の腕は、幾度と抱いた彼女の身体を取り押さえれなかった。



 白い病室。
 二階だったのと、下の茂みが幸いして彼女は骨折と擦り傷だけで一命をとりとめた。
 しかし、意識が戻らない。
 呼吸器と点滴の繋がった腕が、酷く痛々しい。
 僕は彼女のそばに付き添い、その手をしっかりと握った。
「どう? これでやる気になったかな」
 彼女を挟んだ向かいがわに、彼は座っていた。
「彼女に何をした」
「君が余計なことをした時のための、細工を少しね。君が反省してくれれば、彼女を起こすよ」
 彼はいつもの様に穏やかで、それがまた恐ろしかった。
「いつから、そんな…」
「君が彼女に出会う前から、と言ったら。どうする?」
 そう言って彼は笑った。


「僕が連れて行ったのは、君の子供だよ。知らなかった?」
 目が覚めた彼女に、僕は別れの言葉を告げた。


*********



 少年は部屋の一番奥の人形を指差した。
「じっちゃん。これがいい」
 そう言って、少年が選んだのは、彼女の面影を似せて作った古いドールだった。
 まだ僕が彼女と付き合っていた頃の。
「トーヤ。そんな塔システム以前のドールでは不便じゃろ」
「友達にするからいいんだ」
 トティヤは、そこに母の面影をみつけたのだろうか。


*********


 塔は狂っている。

 

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