汚染物質ボルカノ。
 二世紀前、小さい街で発見されたソレは瞬く間に世界中へと広がった。
 ありとあらゆる動植物から、奇形が現れる。
 それは人も例外ではなく、年々にボルカノ中毒と思われる奇形児の数が増えていった。
 角や翼を持つ者、手の甲に目を生やす者、時には見たこともない獣が生まれるようになる。
 影響の受けるかどうかは個体差が激しく、現在では中毒患者の治療手段は無いに等しい。
 そして、末期患者は死んだ後に全く別の生き物に代わるという。
 死者に悪魔が宿る、と考える人も多い。

 ボルカノが大気に多く含まれることから、ドームという隔離世界を人は作った。
 その中でも規模の大きいドームは、海上都市セラフィム、月面都市ファシクレイテス、南のアズヴェランド、北のノイレーシィがある。
 外の生態系が狂い、多くの死が蔓延し新しい生き物が次々と姿を見せる中で、手を尽くした人々に残されたのは、信仰心。
 ここ、ドームセラフィムでは、都市の中央にそびえる塔がひとつのシンボルだった。
 あれは天使の手にする槍の柄、真っ白い外壁は彼の人の翼。
 私たち人は、神に守られているのだと。
 そう信じることで将来の不安に対抗し、生きてきた。


「塔内部のボルカノ汚染は90%以上、現在大気に含まれるボルカノは3%未満……か」
 自宅の屋上でトティヤは呟いた。
 頭の上で組んだ腕を枕代わりにして、ぼんやり空を見上げていた。
 荷物をまとめてしまえば、自分たちの地区の避難指示がくるまではすることもない。
 塔の方は小康状態で、今のところ窓ガラスを割って化け物が飛び出してくる……なんてこともない。
 せいぜい万全の備えで外に出たいという人が機械を持ち込んでくるので、それにちょっと対応するぐらい。
 支払いは今更ドームの通貨を貰っても意味が無いので、物と交換していた。
 もう、トティヤの得意とするドールの整備なんて依頼は来ないだろう。
 それでも足元のガレージは大盛況だった。
 トティヤの友人や同世代の若者が、下で集まっていた。
 新たな旅立ちへの決意、この先もお互い元気にやっていこうという祭りなら、混ざる気にもなる。
 だが、彼らがガレージに持ち込むのは武器、弾薬、そんなものばかりだった。
「トティヤ。これから打ち合わせするから、降りてこいっ」
 下から呼びかけられ、トティヤは空に向けてため息をひとつ。
 ガレージは貸したけど、いつから自分まで仲間に加えられたのやら。
 彼らは、死を覚悟して塔を破壊するつもりだった。

第二話 決起(前編)

 ガレージに入った瞬間、中の熱気に酔いそうになった。
 集まった若者は三十人近く、みんな子供の頃からの知り合いばかりだ。
 部屋の隅には武器弾薬の箱が積まれ、新しく置かれたテーブルには塔の見取り図が広げられていた。
 そのテーブルを囲んで、熱弁を振るっているのはアキヒロだった。
 気合の表れなのか、普段は伸ばしたままの肩まである金髪を首の後ろで一本に束ねていた。
 よく一緒につるんで遊んでいたけど、こんな真似をするとは思っていなかった。
 彼の話す計画は単純なもので、塔の一部の階層を爆破し、後は塔の重みで崩すというものだった。
 正し、下のほうの階は強固に作られているので、中層、最低でも二十階以上に仕掛けるそうだ。
 先発隊がルートの確保、爆薬を仕掛ければあとは脱出して、どかんだと。
 まるで今達成されたとばかりの勢いで、一同がわっと盛り上がる中、俺はそっけなく言った。
「無理だね。到着するまでに全員化け物の仲間入りだ」
 場がしんと静まり返った。
 気分を害されたと、不快を伝える視線が俺に集まる。
「そもそも空気を吸っただけで、短時間にあれだけのメタモルフォーゼが起こるか? "ボルカノ"は毒ガスとはわけがちがう。信仰を試されているとか非科学的な事は言うなよ。マスク程度で防げるなら、こんな大掛かりなドームは作ったりしない」
 ガレージの壁をノックしながら言葉を続ける。
 それぐらいお前らもわかってるだろ? と。
「10分。それだけで、ドームの外じゃ一生かかっても摂取できない量、未知の物質を人体に蓄積することになる。それでお終い。後は化け物になるか、餌になるか」
 話しながら、塔で見た化け物を思い出す。
 塔には何人が勤めていただろう。百人、千人…医療施設もかねていたから患者もいたか。
 その全てが化け物になるとは限らない。それでも塔には無数の化け物がひしめいているのは疑い様もなかった。
 現に、塔の窓を双眼鏡で覗けば異形の影が映る。
「作業にはドールを使えばいい」
 アキヒロが俺に言い返した。
「今、壊れたドールや使われていないもの、作業に使えそうなのを皆でかき集めてる。そいつらを改造してルートを確保させればいい。何体かは目的地まで到着するだろ」
 アキヒロは外の荷台を指差した。
 シートの隙間から金属の光が覗かせる。中には相当数のドールが乗っているようだ。
 やる気の無い俺を誘うと思ったら、これを修理させるつもりだったのか。
「それで? 到着しなかったらどうなる。塔を崩して、生き残った化け物が居たらどうする。一気にあたりに四散したボルカノから逃れる術は? 盛り上がってるとこ悪いけど、俺は塔に触れるのは反対――」
 言い終わらないうちに、俺の胸倉をアキヒロが掴み上げた。
「じゃあ残しておいて、化け物が育つのを黙ってみてろってかっ。俺らはいいさ。後に生まれてくる子供の事は考えたこと無いのかっ。一体でも潰した方が良いと思うだろ。え? どうだよ。どうせ塔から出てくるのは時間の問題なんだろっ」
 俺の顔にツバを飛ばしながら、友人は激昂した。
 真っ直ぐに俺を射抜く目の決心は固かった。
「トーヤ! を放してっ」
 メルルが割り込んでくると、アキヒロはメルルを突き飛ばした。
「ああ、そうか。お前、人形遊びが好きだもんなぁ。壊されるのは嫌かっ。……でもこいつらは人間の役に立つために生まれたんだろうが!!」
 そう言って、さらに俺の服を掴み上げる。
 頭にカッときた。友達だからこうやって忠告しているってのに、こいつは。
 俺は右手の拳を固めて――。
「トーヤ。いけません!」
 メルルの言葉に我に返った。
 俺は拳を解くと、アキヒロの腕を払った。
「やりたきゃ勝手にやれ! 俺は修理もしないし手も貸さない。ことを起こすなら避難が完了した後にしろ」
 今まで付き合ってきたけど、こんな英雄気取り野郎だとは思っちゃいなかった。
 どうして死ぬとわかっている方に向かうのだろう。
 ドームの外で暮らすことになれば、俺たちぐらいの世代の力が必要になるってのに。
 しかし、このガレージで俺の意見は小数派のようだった。
 また一人、アキヒロの意見に加わり、俺を臆病者と罵った。
 塔システムが暴走したおかげで、死者も出た。塔に勤めていた人たちが多く死んだ。それを、許しておけるかっ、と。
 アキヒロは吐き捨てるように言った。
「ああ、"外から来たお前"にはわかんねーだろうよっ。お前にとっちゃ、"元居た場所に戻るだけ"なんだからなあ」
「……。何の話だ?」
 知らずにそう聞き返していた。
「おい、アキヒロ――」
 周囲の人間の制止を無視してアキヒロは言葉を続けた。
「親父たちは黙ってるけどな、俺たちは知ってるんだぞ。お前が、ドームの外から来たってことはさ!」
「なっ!? 馬鹿言うなよっ! 何を根拠に……」
「じゃあお前、両親の顔を知ってるかっ。名前は? オクトバル博士はな。奥さんもガキもいない。それをどっからか子供を連れてきて、孫と仲良くしろ何て抜かしやがった。俺は知ってるんだ。トティヤ=オクトバルなんてのは、ドームの出生記録にいねぇってさ」
 一気にまくし立てるアキヒロの言葉を、俺は唖然と聞いていた。
 否定できなかったのだ。
 俺は祖父の跡をついで、ドールの技師になった。
 両親は居ないのが当たり前で、聞いたことはない。
 いや、それより、今、何て言った?
「――出生記録に、ない?」
 友人の言葉を反芻(はんすう)する。初耳だった。
 俺が部屋を見渡すと、何人か知っていたらしく俺から顔をそらした。
「何でお前を仲間に入れたか言ってやろうか」
 俺は戸惑ったまま、アキヒロの顔を見た。
「うちの親父はな、塔に入った後から身体をおかしくしちまって。お前、二度も中に入ったんだってな。そんなに怒鳴って随分元気じゃねぇか。ああ? 外から来たから慣れてんだろっ、俺らよりさぁ」


 トティヤ=オクトバル。
 ドール開発の権威者であるケニー=オクトバル博士の孫であり、彼の唯一の肉親。
 それが、俺の知る自分のことの全てだった。
 物心がついた頃から祖父と二人暮しで、祖父が仕事で塔に泊まりこみになるときも、メルルが居たから寂しくはなかった。

 ――俺たちは知ってるんだぞ。お前が、ドームの外から来たってことはさ!

 出生記録を調べるだけなら塔システムが狂っていても何とかなる。直接病院を訪ねればいいだけだ。
 俺はメルルに連中が勝手に店を荒らしたりしないか見張っているよう言い含めると、連中をほっぽって一人で病院に向かった。
 病院では患者さんをどうやって陸に連れて行くか。連れていけない重病の患者をどうするかで、大騒ぎになっていた。
 機材などの運搬を手伝う代償として、記録を見せてもらう。
 検索は、すぐに終わった。
 あまりに簡単すぎて、あっけないくらいだった。

 検索件数0件。
 同時期に誕生した子供の中に、養子に貰われ、名前を変えた記録もなし。
 結局、友人の言葉が正しかった。

 自転車をこぐ足が、何処となく重かった。
 白い町並みは、いつもの様に茜色に染まる。
 その中、空を分断するように塔は建っていた。
 俺は自転車を止めて、塔を眺めた。
 もう十年以上も暮らしている街が、自分を疎外しているような気がした。
 昨夜、俺が塔の中に居たのは三分かそこら。
 塔に入った人間全てが体調を崩したわけではないので、俺も運が良かっただけだ。
 決して外から来たから慣れてるんじゃない、そう思いたかった。
 その反面、頭によぎることがある。

 ドームではボルカノへの免疫研究も行っていた。
 外に暮らす人間の方が、ドーム育ちよりもボルカノへの耐性が強いことはすでに証明されているのだ。
 もちろん、蓄積したボルカノがいつ身体に害を及ぼすかはわからない。
 それでも、外の地獄に暮らす人の方が強いのだ。
 そして、免疫研究のために外の人間をドームに連れてくることがある。
 ほとんどは塔の中で暮らすが、もしかしたら。
 一人で暮らす老人が、子供にと願ったのなら。


 白い巨塔は夕日の光を受けて真っ赤に染まる。怖いほどに綺麗だった。
 あの塔にエリートだった祖父は勤めていた。
 そして三年前、仕事中に心筋梗塞で亡くなった。
 祖父は俺には何も言わずに死んで行ったのかと考えてから、首を横に振って否定した。
 そんなはずがない。
 元々高齢だった祖父のことだから、きっと何か俺へのメッセージを残しているに違いない。
 それにそう、祖父が実の肉親でないのなら俺の本当の両親が居るはずじゃないか。
 両親と言わなくても、肉親や同じ血を連ねるものが外の何処かに。
 そうと気付いたら俺は家に向けて、全力で自転車をこいだ。
 途中通行人にぶつかりそうになりながら先を急ぐ。

 ただやみくもに探すにはドームの外の世界は、あまりに広い。
 きっと一生かかっても、それでは見つからない。
 だから、祖父が何か残していないか探そう。
 歓迎されるかどうか、生きているのかもわからないけど、会いに行こう。
 メルルと俺の二人で。

 ようやく、ここで残された時間と外に出てからの過ごし方を見つけた気がした。

 

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