「トーヤ。いけないっ」
 腹を凄い力で殴られたと思った。
 メルルが腕を回して、引き倒したのだ。
 頭の上を何かが霞めた。銃弾だ。
 それは、アキヒロの手の中から発射された。
 倒れざまに、メルルの足がアキヒロの銃を蹴り飛ばした。
 通路に鳴り響く銃声は止まることを知らず、機械人形は個々に人を庇った。
 そんな中、紅い線が宙を斬る。
 青い髪の女が振るうハルバードによって、人と人形が共に断たれる。
「トーヤ。逃げて。アキヒロは私がっ」
 逃げる? こんな状態のみんなを置いて?
 そんなこと、できるわけがない。

 ――思い出してご覧…嫉妬を。怒りを。憎悪を。覚えているだろう。

 頭の中で声がする。若い男の声が、語りかけてくる。
 その声には覚えがあった。
「ああ、誰が忘れるものか。イサンテ」
 唇を噛むと、恨みを込めて男の名を吐き捨てた。

第四話 希望の都(前編)

 雨のように鳴り響き、あたりへ跳弾する銃声。
 人形たちは弾を受けて尚、主を守ろうとその身を盾にし、もがく。
 俺はただ眼前の光景を睨みつけた。
 みんなが狂ったのは、きっとイサンテの力だ。
 どういうわけか、彼は離れた場所の人間にも暗示をかけられるようだ。
 事前にドームの住人に暗示をかけてあったのかもしれない。
 まぁ、やり方なんてどうでもいい。
 どうやってこの場を切り抜けるか。
 塔の外に残った仲間と連絡を取ろうにも、ノイズばかりだった。
 ジャミングされているのか、それとも外でも異常事態が発生しているのか。
 動けるのは俺と、機械人形(ドール)たちだけだ。
 俺が、指示を間違えたらここで全滅だ。
 そうはさせないと、強く拳を握る。
「落ち着けよ。弾には限りがある。まだ、正気に戻せる。問題は――」
 すでに、仲間の持つ銃は弾切れが始まっていた。
 新しい弾丸を装填するような事は思いつかないのだろう。空砲と知らずに指を動かしている。
 腰のナイフの存在も忘れているようだ。これなら心配ない。無力化してから、ドールで抑えつければ一発だ。
 問題はあの異形の女だ。
 手にしたハルバードは、紅くほのかに光っている。
 女の足元には、ドールのパーツが転がっていた。

 アレはドールでは倒せない。

 ならどうする。
 簡単だ、戦わなければいい。
 俺たちの目的は塔を崩して、ボルカノと異形を封じ込めること。
 どれだけ強い武器を持って、未知の力を持っていたとしても、崩れた塔の下敷きになればひとたまりもないだろう。
 それが、俺たちのもつ武器の中で一番威力がある。
 俺は地面に伏せたまま、上着の内ポケットに手を入れた。
 硬い手触り。手帳サイズのそれが、起爆装置。
 塔を壊すための爆薬をドールの体内に積むことを思いついたのは、誰だったか。
 爆破連動のための装置を載せてしまえば、塔内部で爆弾を取り付ける手間もかからない。
 ただし、スイッチを押すのは人間だ。
 みんなスイッチは持っている。でも、今、これを押せるのは俺だけだ。
 手探りで、誤操作防止用のロックを外すと、俺を抱え込む少女に言った。
「メルル。銃声が止んだら、奥の奴を爆破させる。どうせアレじゃあ、目的地までたどり着けない」
「トーヤ。こんなところでっ」
「一個や二個で崩れるほど、この塔はやわな作りじゃないよ。他のドールにも伝えて、生存者と負傷したドールを連れて、ここを離れるように。誰が誰を連れて行くかは、君たちで判断してくれ」
「…イエス、トーヤ」
 メルルが僅かに動作を止める。人では聞こえない音で、他のドールと会話しているのだ。
 俺は待った。
 遅ければ、異形の女に皆殺し。早すぎれば、仲間の攻撃で蜂の巣だ。
 時間の流れが遅く感じる、異形の女が一歩踏み出すまでが何時間にも思えた。
 実際には、数十秒…数秒だったかもしれない。
 あれだけ五月蝿かった銃声が止まった。
 これがチャンスだとばかりに、ドールが個々に人を捕縛――保護する。動けない仲間に手を貸す。
 メルルも暴れるアキヒロを無理矢理担ぎあげた。
 そんな中、ハルバードを手にする女の靴音だけが高く響いた。
 足音が早くなる。
 人を保護すると、ドールたちは女とは逆方向に駆け出した。
 俺とメルルの左右を駆け抜ける。彼らは複数に分岐する通路に散らばった。
 異形の女は腰を落とし、両足に力をこめる。
 その目は真っ直ぐにこちらを見ていた。
 背筋が凍るような冷たい眼差し。
 あれが、ちょっと前まで懇願してきた者の顔だろうか。

 人喰いの、化け物。

「後は、追わせない――っ!」
 俺は立ち上がって、プレート状の起爆装置をつきつけた。
 女の背後で、光が膨らんだ。
「トーヤ!」
 メルルが俺の腰を掴んで、光に背を向けるとすぐに横の通路に逃げ込む。
 爆音。俺は両耳を押さえて、後ろを振り返った。
 さっきまで居た通路の方は、煙が漂いよく見えない。
 ただ、爆弾の威力を物語るように、壁と床には亀裂が走っていた。




 少女の姿を模した機械は大きな銃を肩からさげ、アキヒロを抱えて走っていた。
 メルルには、塔の見取り図をインプットしてある。
 俺は、彼女に安全だと思われる場所への誘導を任せた。
 何処をどう走っただろう。
 別の階段から、上へと登っていったのだけは覚えている。
 ボルカノ汚染が酷いのは、下層部分だけだったと俺は知った。
 現に、こうして研究層に上がっても空気が正常なままだ。
 しかし、俺とメルルの足音しかしない。
 アキヒロは自分の手を押さえて、今は大人しくしていた。
 本当なら、ここには何十人も職員がいるはずだ。
 こんなに静かな理由(わけ)は……自分の予想は、外れていて欲しいと願いながら、開閉パネルに手をかざす。
 目に入ったのは、折り重なって血を流している研究者の姿だった。
 その血の色の鮮やかさに、胸がムカムカした。
 ついさっき、お互いで殺しあったのだ。
 下で、俺たちが銃を向け合ったのと同じように。
 外とはまだ連絡が取れず、他のドールには生存者が正気に戻らない場合、塔の外に連れ出すよう指示を出した。
 もしドームから人が避難せず、この暗示が都市全体に広がっていたらと思うと、ぞっとした。
「メルル。できれば、人が居なそうな所がいい」
「イエス、トーヤ。奥に、倉庫があります。そこへ」
 俺は頷くと、横たわる死体に視線を落とした。
 ここはボルカノに汚染されていないから、異形へと生まれ変わることも無いだろう。
 それでも、あまり見ていたくはなかった。
 もう少し早くに着ていれば救えたかもしれない、……なんて後悔は。


 分厚い扉をメルルが力む素振りもみせずに、こじ開けた。
 人ひとり分の隙間から、中に滑り込む。
 暗闇の中でほっと一息ついた。
 暗ければ、人は居なかったろう。良かった、見なくてすむ。
 俺は大人しくなったアキヒロを部屋の壁にもたれるようにして座らせると、手探りで明かりを探した。
「……畜生。気持ち悪ぃ…」
 不安を押し殺した声に振り返った。
 アキヒロは自分の指先に触れると、すぐに手を離した。
 メルルに保護される際に、指を傷めたか爪がはがれるかしたのだろう。
「アキヒロ! 平気か?」
「ああ……。何人、残った」
 アキヒロはかすれた声で言った。
「トーヤ、アキヒロの二名です。他は、一度外へ」
 メルルが抑揚泣く答えた。
 俺はやっとみつけたパネルに手をかざして、
「ここで後には引けない、な。ただ、イサンテは止める。奴の場所をつきとめないと――」
 一斉についた蛍光灯の明かりに目を細める。

 メルルは倉庫だと言っていた。
 ガラスのケースに入った液体と人影が、ずらりと並んでいた。
 ドールかと思った。
 昔、記憶に残っている祖父のガレージにも似たようなものが並んでいたから。
 でも、光に慣れてくると、それが違うと気がついた。
 違うが、やっぱり見慣れたものだった。

 見かけの年齢こそ違えど、毎朝、鏡の前で見てきた姿なのだから。


 並んでいたのは、トティヤと同じ顔をした様々な年齢の男だった。


*****



 アキヒロも指の痛みも忘れて立ち上がっていた。
 機械人形を収納する容器には札がついていた。
 T-012、T-013、T-014……。
 全てTから始まっている。トティヤの「T」だ。
「おい、トティヤ。これって…」
 そう言って、隣に唖然と佇む友人の顔を覗き見る。
 トティヤが髪を緑に染めていなければ、区別がつかないとさえ思えた。

 ドームの出生記録にいない子供。
 ある日、ケニー=オクトバルが連れて来た少年。
 塔に勤めていたケニー。
 子供は、ドームの外で拾われたのだと推測していた。
 でも、違った。本当は――。

 塔で生まれた子供。

 トティヤの頬を冷たい汗が伝った。
「ちょっと、待てよ。こんなの聞いてないよ。じいちゃん」
 祖父は何も教えてくれなかった。
 いい人だった。尊敬もしていた。
 じゃあそんな彼と、イサンテとのかかわりは?
 彼らは何を研究していた?

 俺は側にあるパソコン端末に近寄った。
 ここは塔の中、祖父の書斎では調べる事のできなかったことが、ここからならわかるはずだ。
 人が化け物に変わり、人に似た化け物は人間を糸に変え、人同士は狂って殺し合いだ。
 病室で死んでいた同じ姿の少女たちが居たと思えば、今度は沢山の俺か。
 こんなのやっていられるかっ。
 頭のどこかが麻痺していた。
 喉が酷く渇く、指が震える、頭は麻痺しても身体は正直なもんだ。
 怖いんだ。
 それでもキーを叩く手は止めない。アキヒロもメルルも、何も言わなかった。


 プロテクトのひとつあると思ったのに、案外簡単にその情報は見つかった。
 いっそ、解けない鍵がかかっていれば良かったのに。
 知らないで済んだのに。


 /////////////


 ≪生体ドール開発記録≫

 人の細胞と機械機関の両方を利用するプロトタイプT型の開発。
 T型の開発に成功、成長するドールの完成。
 第一号の製作にとりかかる。
 失敗。
 二号、失敗。
 三号、失敗。
 四号、失敗。
 失敗。失敗。失敗。失敗――。

 ボルカノ投与個体、成功。
 一部、機械系統に進化が発生。内臓に酷使したモノを生成する。
 成功した試験体「固有名/トティヤ」は、主任ケニー=オクトバルの監視下に置く。

 経過:良好

 普通の子供と遜色のない反応をみせ、自身も人だと信じている様子。
 身体能力においては、持久、瞬間的な力において並以上の結果を残す。
 初期フレームの弱体化を推す。 


 これ以降、Tシリーズを凍結。
 Iの製作に取り掛かる。


 /////////////


 読みながら、思い出す。
 孫の記録テープでいっぱいだった祖父の部屋。
 それこそ異常なまでの量を撮影していたあれは、俺がちゃんと動作しているかを調べるための研究資料だった?
 いや、それよりも。
「……人、じゃない? ……まてよ。冗談きついよ。大体、生身のパーツは禁止されてるだろっ」


 ――お前、二度も中に入ったんだってな。そんなに怒鳴って随分元気じゃねぇか。
 ――ボルカノ投与個体、成功。

 ボルカノ汚染された場所で、平気だった。
 それは、ドームの外で暮らしていたから、耐性が他の人よりついていたわけじゃなくて。
 すでに進化を起こしたあとだから。
「ケニーっ、あんた。何をやってたんだっ」
 キーの上だとか考えずにただ、机を強く叩いた。
 画面が一時的に乱れ、別の画面を表示した。


 《死者蘇生成功例:トティヤ=オクトバル。関係:ケニー=オクトバルの"息子"》


 目を見開いて、トティヤの動きが止まる。
 アキヒロは、この時の彼の顔を忘れられなかった。
 泣きそうな顔をしていた。

 沈黙を、笑い声が破る。
「はっ、死者蘇生? 俺が、息子で? 一度死んだってのかよ。馬鹿馬鹿しい、そんなのありえないだろ。間違いだろ、こんな……なぁ?」
 同意を求めようと、アキヒロに声をかける。
 口で否定しながら、わかってしまった。
 どうして、人間の女の子よりドールであるメルルの方が好きだったのか。
 どうして、自分とメルルが似ているといわれるのか。
 なんてことはない。
 どちらも同じ、ケニー=オクトバルの作品で。
 俺はただ、同族に恋しただけ。
「トティヤ、おちつけよっ。こんなの、悪趣味な――」
「イタズラで、こんなラボ作らないだろっ。わかってる、いや、わかったよ。わかっちゃうよっ。周りにこんなのあったらさぁっ!」
 段々と声が大きくなる。
 俺は腕を振った。これだけ自分が沢山並んでいたら、嫌でもこれが事実なのだと見せ付けられる。
「ああそうか、さっきだって。みんな殺しあったのに、俺は違った。わかってるよ。さっき、ドールたちは平気だったもんな。人が狂っても、人形は狂わないんだろっ。だからっ」
 悲痛にも近い叫びだった。
 もう一度、机を叩こうとした手を止めたのは、俺より一回り小さい手だった。
「ノー。トーヤ。貴方は人です。私とは違います」
「メルル……」
「私は育つドールを知りません。貴方は人です。トーヤ」
 感情のない機械の声、なのに優しいと思った。
 武器を扱わせるために多くのソフトを消したというのに、それでもメルルは俺が欲しい言葉をつむいだ。
「そうだぜ。トティヤ。お前には心があるじゃねぇか。怒って、笑って、悲しんで。機械にゃ、そんなのないだろ? だから、さ」
「アキヒロ……」
 涙がでそうだった。
 鼻をひとつすすって、誤魔化そうと目をこすった。

 

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