一艘の船が、地図に記されていない島に流れ着いた。
 そこから、若草色の髪をした少年が降り立った。
 白く高い塀が、島を包んでいる。
 昔は一面真っ白だった壁は、いつのまにか隙間に草を茂らせ。海鳥が巣を作っていた。
 少年が壁を越えてみたのは、広大な街だった。
 しかし、草木が伸び放題に花をさかせ、人が居たころの面影は家を作る石だけだ。
 空気は澄み渡り、街中央の瓦礫の山が過去の悲惨な事件を想像させた。
「ふーん。これなら、まだ生きてそうじゃないか」
 少年は弾んだ声で言った。

エピローグ

 街を歩いてまわり、そしてかつては職人たちの工房があった場所へと足を向けた。
 草に覆われた道を踏みしめながら、少年はある場所を目指した。
 他の工房からも離れた場所に、その家はあった。
 元は簡素なガレージだったものに、屋根を貼り、ペンキを塗ってあった。
 玄関の椅子には、人影があった。
「オカ…リナサイ、トーヤ」
 それは、機械の人形だった。すでに身体はさび付いて、首を動かすこともままならない。
 ドールは表情を作ろうとした。
 目を細めて、にっこりと微笑む顔が、主の好きな表情だった。
 名前を呼ばれて、少年は苦笑いを浮かべると、鼻の下をこすった。
「似ているかい? でも違うよ。君の主人は何処にいるのかな」
 ドールのレンズが回転し、少年を良く見た。
 メモリにある姿と同じだが、そう、いささか歳が若すぎる。
 それに幼い頃の主は、茶色い髪をしていた。
 ドールは、少年が別人であると認めた。
「トーヤ、奥……ル」
 傷んだ声帯から出る声は途切れがちだったが、少年は頷いた。


 家の中まで、草が覆い茂っていた。
 はがれた屋根から差し込む陽射し、壊れた水道から流れる水。
 とても人が暮らしているようにはみえない。
 そうして、少年は花の咲く部屋で立ち止まった。
 ここに花を集めたのは、表にいたドールだろうか。
 それとも自然に生えたのだろうか。

 少年は笑い出した。
「アハッ。この手で、殺してやろうと思ったのに。死んだかっ」
 花を踏みにじる。
「これでもう、怖いものは無い。やっと、始められる」
 少年は両腕を広げた。
 その背後に生まれるのは、日の光を飲み込み影を落さぬ闇。
 闇から螺旋状に風が吹いた。
 草木が枯れていく中、少年は邪悪な笑みを浮かべた。
「人間には罰を与えよう。お互い殺しあうような、そんな罰をね」
 少年は、昔と同じように歌った。
 それは呪いの歌だ。


 希望の搭は崩れ
 魔の国からの門は開かれた

 月は悪意に汚れ
 夜は狂気に彩られる

 世界の半分は魔の領域となり
 月に魅入られし子らは
 夜と共に永劫の時を彷徨うだろう

 彷徨える子らは同胞を食み
 いつしか人であったことを忘れ
 魔に溺れる

 太陽に恵まれし子らは
 昼と共に魔を打ちはらんとするだろう

 分かれた人は己が同胞に牙をたて
 共にその血でもって 罪をあがなえ


 歌い終わって、少年は無邪気に笑った。
 会心の出来栄えだと、悦んだ。

 

おわり

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