地上の覇権を巡って争い続ける四つの国があった。
 北西を支配する黄(おう)国。略奪を中心とした破壊の民が住み、白虎(しろとら)が治める。
 南西を支配する緑(りょく)国。心のありようを問う老若の民が住み、赤髭が治める。
 南東を支配する活(かつ)国。世界を統一と均衡へと導く正治の民が住み、青風(せいふう)が治める。
 そして最後に、北東を支配する零(れい)国。未知の探求と知性ある統治を求める英知の民が住み、黒姫(くろひめ)が治める。
 四つの勢力は拮抗し、共闘と対立を繰り返しながら、何百年と戦を続けていた。

 それは、四国交えての乱戦のおり。
 一人の若者が緑の王、赤髭を殺してしまった。
 彼がいつ老若の陣深くに潜り込み、王の元に辿り着いたのかは、誰にもわからない。
 知れているのはその場の緑の親衛隊もろとも八つ裂きにしたこと。
 剣撃を弾き、鉄の鎧をやすやすと切裂く。
 彼は言葉にならない声で狂ったように笑った。
 戦場の誰もが小高い丘の上に立つ彼を唖然と見つめた。
 金と白の精緻な刺繍が施された黒のビロードの服を纏った彼は、零国の王女黒姫の息子、秋月(しゅうげつ)と呼ばれる。

第一話 始まりの黒

 北東の地、零国の王城では先の戦の結果と今後の政策について議論が始まっていた。
 と言っても話し合うのは四名だけ。
 王妃である黒姫とその愛人、そして年若い王子の秋月、集めた情報を伝える仕官これで全てである。
 他にも軍事や王族に仕える者はいる、が彼らは戦略は王族に任せていた。
 英知の民は戦は王族の仕事、自分たちは自分たちの研究にと王族の動向に関心が薄い。戦場に出るのは王族と機甲兵の操り手だけで、一般の民はよほどの大敗を帰した時以外は召集されない。そんな環境が民に戦争は遠い地の出来事だと思わせていた。

「黒姫様、秋月(しゅうげつ)様。こちらが現在のわが国の情勢になります」
 そう言って、仕官は黒板に各国の勢力図等を映し説明を始めた。
 黒姫は愛人と話すのに忙しいらしく、全く見向きもしない。
 秋月はそんな母を軽蔑し、母の代わりに話を聞いた。
「老若と正治の民はわが国に対して快く思っていません。老若の残存が正治に下るのは間違いないでしょう」
 ここで、仕官は責めるような視線を秋月に向けた。
 王妃に良く似た顔立ち、櫛で梳かれた黒い髪は艶やかで頭の形にそって綺麗な流線を描いていた。何処か線の細い体つきをしているにもかかわらず、この王子は機甲兵の手も借りずに老若の民の王、緑国の赤髭を討ち取った。
 それはここ百年の間で類を見ない偉業だった。
 しかし、――――やり過ぎた、そう視線は語っていた。
 他国の王を討ち取っても、残りを手中に治めなければ勢力バランスを崩すだけにしかならない。
「対し破壊の民黄国の王、白虎様は友好を示しています。近々執り行われる白虎の王の誕生日会には是非秋月様もお呼びしたい、と」
 秋月は、右目に眼帯をした初老の男の姿を思い浮かべて、うんざりな顔をした。
 王族、特に国王の誕生日会は政治的な意味合いを持ち、他国の王族も招待する。ここで次期国王候補の紹介などが行われ、もちろん会の最中の戦行為は禁じられている。
 ――――ただ、戦は無くても、小競り合いは尽きない祭りだが。
「秋月だけでお行き。白虎と仲良くしぃ」
 息子を見向きもせず、黒姫は告げた。
 秋月は奥歯を噛みしめた。
 この女は、愛人と遊ぶばかりで国のことなど考えていない。
 声には出さず、秋月は荒々しく席を立った。
 部屋を出ていく秋月の背に、黒姫は満足げに笑んだ。


 零国の書庫に眠る歴史書に、この様な事が書かれている。
 遠い遠い昔、民は一つしかいなかった。
 太古の民は魔術を用いて、自然すら操った。
 しかし、ふとしたきっかけで民は割れた。
 北に住む故に食料に乏しかった人々は略奪を始め、魔術や知識の追求に溺れた人々は知識を独り占めし、和をうやまう者達も自衛のために武器を手にするしかなかった。
 遠く離れた地に住んでいた人々はこの惨状を嘆き、皆をまとめなくてはいけないと考えた。
 こうして長い戦が始まった、と。
 王族が誕生日の度に集うのも、四国の言葉が共通なのも民が一つであったときの名残だと。
 この文献を初めて読んだ時、秋月は思った。
 ――――なぜ四国ともに全ての魔術は失われた?


 零国の王族専用の帆船が四隻、黄国の孤島へと向かっていた。
 甲板で秋月は黒い礼服姿で佇んでいた。
 波は穏やかで、航海にはうってつけの天候だった。
 立派な船団だったが、この海には秋月一人しかいない。
 船は自動で動くので乗務員はおらず、そして王子に付き添う者を王妃はつけさせなかった。
 祝いの席とはいえ敵国に乗り込むというのに。
「どうせロクでもないこと企んでるんだろうな。…僕を使って」
 一人で過ごすことの多い王子は、独り言が増えていた。
 秋月は赤みがかった瞳を閉じ、代わりに心の目を開いた。
 幽体離脱に類する魔術を扱う術(すべ)を秋月は、誰に習ったわけでもなく知っていた。
 空に飛んだ意識体から、足元の体を見下ろす。
 やがて船団全体を見渡せるまで上昇した。
 どの船も白いロープでいくつもの箱が繋がれていた。
 母鳥について歩く雛(ひな)ように一列に並んでいる。
 母の用意した、黄国の王、白虎への贈り物だ。
 うちひとつに狙いを定めると、秋月は不可視の刃を飛ばした。
 爆発音と伴に水柱が上がる。
(やっぱり……)
 上空で秋月の心は呟いた。
 黒姫が船に積ませなかったのは、秋月に気づかれまいと考えてのこと。
 もし白虎の機嫌を損ね、正治の側につきでもしたら、英知の民が孤立することを母は理解しているのだろうか。
 そしてこの贈り物が無事届いたときに秋月がどうなるか、など。
「母は浅はかだ。こんなやり口で…」
 秋月は母の用意した土産全てを爆破処理した。

 

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