零国で黒姫は報告に来た兵を見下した。
「真(まこと)、秋月が邪魔をしたのじゃな?」
 兵が頷くのを見て、溜め息をひとつ。
 部下と協力してくれれば、活国の船を落とせたと言うのに。
「白虎に連絡しぃ。緑が動けぬうちに、活を叩くとな」
 緑国は赤髭を失い、立て続けに次期王候補の娘まで失った。しばらくは次の後継者選びにもめることだろう。
 先を見れば、ここで緑国を潰してしまいたい。だが、先に秋月を正治の民の手から取り戻さなくては。
「正治の民に乗り込まれた船は、商船にくれてやり。青い者が触れた船など、乗るでないよ」
 名を呼ぶのも不快だと、黒姫の優美な眉がよった。
 その秋月が活国の船から落ちて、緑国に流れ着いているなどとは、黒姫には知るよしもなかった。

第六話 大地は緑を芽吹かせ


 太陽の光が白い砂浜で反射し、青い海を明るく彩る。うち寄せる波が秋月の足を濡らした。水は泳げるくらいに温かい。
 秋月は地味な色合いの女物の服を着ていた。
 海岸線を歩くと、小さい崖に出た。
 そこは海と村、村の先の森までを一望できる美しい場所で、村の祭壇が置かれていた。
 祭壇には先の戦で亡くなった緑の王赤髭を悼(いた)む、黒い布がかけられていた。
「美月(みづき)ーっ」
 名を呼ばれて、秋月は海の方をみた。
 美月は名を聞かれてとっさに口をついた偽名だった。
 波間で褐色の肌をした健康そうな娘が、秋月に向かって手を降っていた。
 秋月もそっと手を降り返す。
 彼女が海をだたよっていた秋月を見つけてくれなければ、自分は二度と大地に足を立てなかったかもしれない。
「……感謝しているのだけどね」
 朝方、娘が貝を捕るのに邪魔にならないようにと、長い赤毛を三つ編みに束ねる様を思い出して、秋月は呟いた。
 赤髭の娘とどうしてもイメージが被ってしまう。
 同じ血筋の老若の民なのだから、外見的な特徴――髪や肌の色――が似ているのは仕方ないのだけども、秋月は何処か後ろめたい気持ちになった。
 娘が岸の方に泳いで来るので、秋月も浜辺に降りた。
 膝までまだ海に入ったままで、娘は拳大(こぶしだい)の貝が大量に入った網カゴを得意げに見せる。
 この村では、遭難者などを保護したときは、最初に発見した人が面倒を見ることになっていた。
 秋月は今、この娘の家の世話になっている。服も彼女のものだった。
「今日はいつもよりよく潜れたの、きっと海が美月の分を分けてくれたのよ」
「海が?」
「ええ、ここまで美月を運んで助けたのだもの。きっと美月は海に好かれているのね」
 その海のせいで溺れかけたんだけど……、と秋月は心の中で呟いた。


 ナイフを貝の口に差し込むと、手で軽くひねってこじ開ける。
 白い身は水で軽く砂を流され、指で摘まれると口内に運ばれた。
 数回そしゃくして、喉がごくりと動いた。
「……美味い」
 秋月が驚いた様に言うと、周りがどっと笑った。 
 海に出ていた男たちも今日は早めに漁を切り上げて帰ってきた。目当てはもちろん、美月と名乗った黒髪の女である。
 男たちが集まれば、女房や女たちも集まってくる。 自然と村人揃っての食事になっていた。
 貝の他にも大皿に料理が盛られ、手掴みで食べていく。
 初めは指が汚れるので嫌がった秋月も、知らずと料理に手を伸ばしていた。
 知らずに香辛料の効いた料理を口にして、むせながら水を飲む。
 村人たちが笑った。秋月も涙目で、笑みを浮かべた。
 自分が笑われているのに、秋月は変な心地よさを感じた。
 今まで食べたどんな料理よりも美味しい。
 ふと、秋月は村人が老若の民だけではないことに気づいた。
 その事を問うと、緑国でも北外れの位置にあるこの村では、他の国からの亡命者が多く来るそうだ。中には別の村に移る者もいるし、ここで暮らす者も現れる。髪や肌の色を気にする者は、この村には居なかった。
 残った貝殻が桶に貯まっていく。
 秋月も色々と質問された。
 何処から来たのか。これからどうするのか。
 零国の船に乗っていて海に落ちたのだと告げると、村人みんなで異国の話を聞きたがった。
 秋月は王族だと気づかれない様気を配りながら、答えていった。
「ほらほら、質問責めにすんじゃないよ。今度はあたしらの話を聞かせようじゃないか」
 秋月の周囲に固まる男たちを押し退けて、女の一人が言った。
 やがて話は偉大な王赤髭、そして次期女王の赤髭の娘に移っていった。
「海が酷く荒れた日が何日も続いてな……それが、幼い姫様が来たとたんにだ。あれだけ皆で祈願しても全く答えなかった海の奴が、ピタリと止んだんだぜ。しかも、太陽まで姿を見せたじゃないか。あの時思ったね。ああ、この姫様が導いてくれれば安心だってさ」
 秋月は顔を曇らせたが、酒の入りだした村人たちは誰も気づかなかった。
 緑国の外れにあるこの村はまだ、次期女王が赤髭を倒したのと同じ者――秋月によって殺されたことを知らされていなかった。
(赤髭の娘は戦になど、関わらなければ良かったのに)
 秋月は丸い木の器に注がれた酒を一息に飲み干した。
 周囲で歓声があがる。
「……国に戻ったら、このお礼は必ずします。もう一度、来るまで時間がかかるかも知れませんが、必ず」
 わき上がった空気が冷めていく。
 零国に向かうには、北の破壊の民の治める黄国か西の正治の民の住む活国を通らなくてはいけない。
 戦時下に女一人で行くには、道のりが困難なだけでなく、何度か国境越えをしなくてはならない。
 実際この村には黄国と活国からの亡命者は数名いるが、零国からの亡命者は年老いた男一人だけだった。
「どっちから行くんだい? 捕まった時の事を考えたら活国の方が……」
「いいえ」
 首を横に振り、秋月は否定した。
「黄国は止めときな。女は手込めにされちまう」
「ええ、わかってます。黄国を越える気もありません」
 青風の手を借りてまで黄国から抜け出したと言うのに、わざわざ戻る気は無かった。
「じゃあ、何処から……」
 言いかけて男はハッとした。
 秋月はうなづき、
「北でも西でもなく、北西に。真っ直ぐに零国に戻るつもりです」
 村人たちが口々に、秋月を止めた。
 大陸の各方位に国はあったが、中央はどの国の領土にもなっていない。
 ひっきりなしに戦が起こるので、国境線がすぐに変動してしまうのだ。
 何より赤い岩と開けた砂地が続くので、身を隠す場所が少なく、戦に巻き込まれる危険が非常に高かった。
 偉大な王赤髭もその地で命を落としただけに、村人たちは北西の地には怖れすら感じていた。
「今なら。黄国の王白虎の誕生日を祝した宴に各国の王族が集まっている今なら、大きな戦も起こらない。どの国の監視下にも無い空白の場所が必ずあります。それに、零国の人たちと早く合流できます。……ですから、明日の早朝にはここを出るつもりです」
 白虎の宴については完全な嘘ではない。赤髭の娘のトラブルが無ければ、今も宴は行われていた。
 秋月の目は揺るぎ無い決意に満ちていた。
 村人たちも説得をあきらめ、頑張れよ、とか気をつけろとか励ましの言葉をかけると、ひとりまたひとりと家に帰っていった。


 暗闇の中、秋月は天井を見上げた。
 植物の葉とツルを編んで作ったロープ、木を組み合わせてできている家は、秋月の住んでいた石の王宮と違って温かみを感じた。
 目をつむると潮の音と草の香りがより一層深まった。
「ねぇ、美月。起きてる?」
 小声で、隣で寝ている赤毛の娘が聞いた。
「途中まで案内するから……この国の砦も通れないでしょう? いい道があるのよ」
「へぇ……?」
「亀岩(かめいわ)の側を通るようにすれば、老若の民なら近寄らないから簡単よ。隆起もあまりないし、歩きやすいはずよ」
 歩きやすいのに好まれない道?
 秋月が不思議に思うと、娘は子供におとぎ話を聞かせる口振りで、話を始めた。
「ずっとずっと昔、世界が四つに別れて争い出したばかりの頃。巨大な亀の化け物がいて、人々を襲っていました。ある日、一人の巫女が現れると、手にした太鼓を打ちならし初めました。太鼓の音に呼ばれて、亀の化け物は巫女の前に姿を現すと、喰ってやろうとその大きな口を開こうとしました。……しかし、どんなに力を込めても口は開きません。そればかりか、体さえ動かなくなってしまいました。こうして、亀は巨大な岩になりました」
「めでたしめでたし。……本当に危なく無いんだね?」
 秋月は娘の身を案じていた。
「たまに薬草を採りに行ってるから大丈夫よ。それに、亀岩は大きいだけで、全然亀に見えないの」
 娘はくすくすと笑った。
 しばらく考えて、秋月は案内を頼んだ。

 

 体を休めた秋月は、村人たちに礼を言った。
 漁師たちの朝は早く、みんな名残惜しそうに励ましの言葉をかけた。
 秋月はこの地に流れ着いたときに来ていた、正治の民の服を着ていた。
 兵士用なので動きやすく、丈夫なのだ。
 娘に案内されながら、村を抜け、森を抜け、小川を超えて、赤い大地に出た。
 大昔に流れていた大河が岩を削り、やがて水が消えた後には、かつての陸をはるか高みにあげてしまった。
 そして、かつては水底であった所を、秋月と娘は歩いていた。
 水は段階を分けて減っていったらしく、途中は階段の様になっていた。
 階段を下りながら、娘が指さした。
「見て、あれが亀岩よ」
 それは秋月の住む王宮ほどはある巨大な岩だった。上の方が亀の頭の様に丸くなっていが…娘が話した通り、とても亀には見えない。
 秋月は苦笑した。
 娘の指は、亀から右に大きく動いて止まった。
「そして後は向こうの方向に歩いていくの。二刻も歩く頃には国境を越えてるわ。……気をつけてね」
 娘は秋月の手をとって言った。
「本当にありがとう。貝、美味しかったよ」
 秋月は軽く娘を抱きしめると、階段を下りていった。
 娘はしばらくその背を見つめ、村に帰って行った。



 自然が作った階段は、時には急斜面になっていて滑らないよう注意を払わなくてはいけなかった。
 下りやすい場所を探しながら下るうちに、秋月は亀岩の近づいていた。
 そこの方は他の岸壁に日光を遮られ、日陰になっていた。
 底に到着して、秋月はもう一度、亀岩の方を向いた。
 そこには立派な亀の足があった。上から見た時は気づかなかったが、僅かに甲羅部分と足とで岩の色が違い、彫りも細かい。
 そこから首を上げていく、稚拙に見えた亀の頭は距離が遠のくことでシルエットとなり、この亀岩が本当に生きているように思えてくる。
「この足こそが、亀岩と呼ばれる所以(ゆえん)だね。……これはちょっと感動かな」
 娘はここまで近寄った事は無いのだろう。
 秋月は面白半分に亀岩に近寄ると、石の足に触れた。
――――温かい。
 薄気味の悪いものを感じて、秋月は手を放した。
 日差しに石が焼けたのだろうか。
(……いや、それなら周りの石だって熱を持つはずだ。何よりここは日が射していないじゃないか)
 靴の裏から伝わる地面は冷たかった。
 そして秋月の見ている前で、岩は緩やかにその色を変えていった。徐々に白くなっていく。
 亀岩が元の姿に戻ろうとしているのだと思い立った秋月は、きびすを返すと娘が指さした方向へと駆け出した。
 伝承が本当なら、亀を封じた巫女は当時の強力な魔術士だ。
 あんな大きさのモノ相手に、秋月の使う力が何処まで通じることか。
 背後で岩が崩れ始めた。



 長い眠りから冷めた亀は、岩に甲羅が引っかかっていることに気づき、体を振るわせた。
 周囲の岩が砕け落ちる。
 亀は周りの風景が太古とは代わっていることに気づかないで、自分が追っていた獲物を探した。
 それは小さい生き物だ。でも他の生き物よりかしこい。
 親はよく言ったものだ。
『小さく二本足で走る生き物を食べれば、彼らは今度は仲間を引き連れてくるようになる。餌がどんどん集まってくるようになるぞ』と。
 亀は足元を見下ろした。
 ひらひらした衣の生き物が居たのに、見あたらなかった。
 もう一度目を凝らした。
 居た。亀が思っているより遠くに、小さい生き物が走っていた。
 亀は喜んで、何百年振りの一歩を踏んだ。


 亀が一歩進む度に、大地が揺れた。
 足元の邪魔な岩を押しつぶし、甲羅が岩壁を削りとる。
 歩みは遅い。しかし一歩一歩の幅が大きく、秋月との距離を縮めていった。
 秋月は息を切らせて走りながら、亀が通れない峡谷が無いか探した。
 赤茶色の岩と崖はあるものの、そう都合のいい場所など見あたらない。
 と、太陽の日差しが秋月の目を突いた。
 崖が途切れて、日差しが差し込んでいた。
 それは高い壁だった。亀よりもずっと高い。
(上に登れば……追って来れないかっ)
 日差しの中、壁に向かって斜面を滑り降りる。
 壁の側に来ると、秋月は壁の胸元の高さから天辺まで、視線を走らせた。
「登りやすくするっ!」
 バンッと壁が弾けた。砂煙が風に押し流された後は、人ひとり分の幅で横に深い切れ目が入っていた。
 それが天辺まで続いてるのを確認するかしないかで、秋月は切れ目に手と足をかけた。
 亀は日なたにさしかかると、その動きを止めた。
 首を振って足元を見渡すと、足元の岩を手当たり次第に蹴散らし始めた。
 蹴飛ばされた岩が秋月の登っている壁にぶつかった。
 切れ目をしっかりと掴んで振動に耐えると、秋月は上を目指した。
 次に亀は地面スレスレまで頭を下ろして、一歩進んでは首を左右にゆっくりと揺らし、また一歩進んでは首をゆらした。
 岩影までしっかりと覗き込む様は、何かを探しているようだ。
「……あいつ、逆光で見えてないのか」
 壁に張り付いたまま、秋月は何処かほっとした様子で呟いた。
 秋月の脇を巨大な甲羅が通り過ぎる。
 亀の体が尾の先まで日なたに出る頃、秋月は最後の切れ目から足を離した。
 荒い息をついて水筒から水を飲むと、石の上で大の字に寝ころんだ。
 亀の足音は今も鳴り響いて居たが、もう秋月の脅威ではない。
 定期的に起こる振動を全身で感じながら、秋月は空を見上げていた。
 広い青空が世界を包んでいた。
(ほんの一週間前は零国で過ごしていたというのに、何故今こんな所に居るのだろう)
 汗をかいた体に、風が心地よかった。
 呼吸が整うと、岸に這っていき見下ろした。
 亀は頭を上げ下げしながら、まだ秋月の姿を探していた。
「でかくても、亀は亀だなっ」
 秋月はあざ笑った。
 そして、自分が向かうべき方向、零国のある方角を見た。
 地平線いっぱいに起伏の激しい岩場が続き、空と大地の境界線では山の影が青くかすんでいた。
 この大地に仲間と敵が入り交じっている。
 秋月は何気なく他の方向も見ると、やや活国よりの方向に黒い岩場があることに気づいた。
 周囲には他に目立って高い岩は無く、丸い山を裾だけ残して水平に切り落とした様に天辺は平らだ。
 何処か人工めいたものを感じる。
 秋月は何処かで、こんな風景を知っている気がした。
 記憶を辿る。
(……駄目だな。思い出せない)
 恐らく零国の書庫に、この地の記録でもあったのだろう。
「それより、どうやってあいつの目を盗んで向こうに行くか考えないと」
 言いながら秋月は足元に視線を下ろした。
 亀は地面を探すのは諦めたらしく、首を元の高さに戻していた。
 亀の頭部は後ろを向いていた。秋月は亀の視線の先をたどった。
 亀の視線は段々の階段に見える岩場を越え、その先の森を見ていた。
 秋月は息を呑んだ。
 森には数人の人が居て、亀を指さして騒いでいた。
 秋月と別れた後、騒ぎに気づいた娘が村人を呼んだのだ。
 亀の歓喜の咆哮が轟(とどろ)いた。
 亀は喜々とした様子で、大地を揺るがし体の向きを変え始めた。
「僕は零国の王子だ。生きて国に戻る義務があるし、僕が居なくなったら誰が母を止める。それに、今が向こう側に行くチャンスじゃないのか」
 自分に言い聞かせようと秋月は喋った。
 村人は森へと逃げ出していたが、亀がその気になればあの階段状の足場は登ってしまうだろう。
 そして、亀はすぐにでも村を見つけて襲い掛かる。
 大皿に盛られた料理、女も男も子供も年寄りもみんなが集まっての食事、心地よいひと時。
 秋月の手は無意識に拳を作っていた。
「約束しただろう? 必ず、礼をするって。墓前に物を置いて、己を慰める趣味はないっ」
 秋月は立ち上がり、そして深く深呼吸をした。
 失敗は出来ない。
 あんな大きい物に術をかけたこともない。
「狙うのは小さな一点でいい。心臓か、頭。どんなにでかくても、あれはただの亀だ」
 秋月の心は体を離れ、亀の甲羅に降り立った。
 亀は一気に階段を上りきろうと、前足を同時に持ち上げた。
 横の状態で城ほどはある巨体が立ち上がる。
 頭は秋月の体のある岩場の高さを超えていた。
(誰が、行かせるものかっ)
 秋月の体の瞳が見開かれた。
 体から見た視界で亀の鼻に力の作用点を定める。
(その鼻面を引っかけて、地面まで引き裂いてやるっ)
 亀の背の上に立つ秋月の心が、作用点を一気に地面へと引きずり落とした。
 亀の鼻が頭部、喉、甲羅の中を通って地面に落ちる。鼻以外の何か原型を留めていない物が、亀の足元に飛び散った。
 立ち上がった亀は、そのままゆっくりと後ろに倒れた。
 秋月の心が亀の体をすり抜ける。
 ズゥゥン……。
 四肢をだらりと落とし、亀は仰向けのまま動かなくなった。
「ふぅー……っ」
 崖の上で秋月はゆっくりと息を吐いた。
 固めた拳を開くと、汗でびっしょり濡れていた。
 服で汗を拭うと、秋月は水筒の水をもう一口飲んだ。
 秋月の背後の空を、一羽の鷲が飛んでいた。




 活国の国境線を越え、誰の物でもない空白地帯。
 岩室の外で、絵里夏は双眼鏡を覗いていた。
 服装はメイドのそれではなく、青い布地にふんだんに刺繍が施された上着とスカートを履いている。細身の剣は、船の上の時と変わらずに腰のベルトから吊されていた。
 近くの木陰には、八頭の馬がつながれていた。
 どれも見事な馬だったが、1頭だけ駄馬が混ざっていた。
 双眼鏡に映る鷲の姿が同じ場所で旋回を始めた事に気づくと、絵里夏は岩室の中に声をかけた。
「青風様。人が見つかりました」
 岩が反響して、絵梨夏の声を奥まで運んだ。
「秋月か?」
 青風は大太刀を洞穴の壁に立てかけ、腰を下ろしていた。
 側には近衛の者が五人、そして青風の正面には正治の民でありながら、一人だけ緑のみすぼらしい服を着ている者がひざまずいていた。
 この場に秋月が居れば、その顔を知っていたかもしれない。
 秋月の流れ着いた村人の一人だった。
 彼は亡命者などではない、緑国の内情を調べたり、正治の民の出入りを助ける間者だった。
 彼は秋月の着ている服が、国王の側で働く事の許された一部の兵が着るものだと知っていた。
 そして、直ぐさま馬を走らせ、一昼夜、秋月が村人たちの歓迎を受けている間に活国に戻ったのだった。
「おそらくは」
 絵里夏はもう一度、双眼鏡を覗いた。
 この距離では、先入観ひとつで色を見間違えてしまいそうだった。
 青風は頷くと、
「ご苦労だった。お前はまた村に戻り、情報を集めろ」
 間者に告げた。
 間者は短く答えると、岩室を出ていった。
「絵里夏、お前は秋月を迎えに行って身分を証し、説得して来い。四人は絵里夏の護衛だ。誰が行くかはお前らで決めろ。私ともう一人は、野営地で待つ」
 青風の指示を受け、静かに準備は進んだ。
 側近たちは相談せずとも四人が絵里夏と一緒に旅立った。
 近衛の誰が行くか。
 五人の中で一番強い者が王を守ればいいのだ。
 普通なら一悶着ありそうな事を、彼らは言葉を交わさずに決めた。
 恐らくは練習試合の勝率で決めたのだろうが……。
「行くぞ」
 青風は苦い顔をして、馬を走らせた。




 海辺の村は大騒ぎになっていた。
 そこに、三日前に離れた町に買い物に出ていた男が帰ってきた。
 馬を下りて男は何の騒ぎかと聞いた。
 亀岩の化け物が村人を襲ったんだと言われて、男はそんな馬鹿なとあきれた。
 しかし、村の広場を見て、男は目を白黒させて驚いた。
 そこには人の身の丈ほどはある目玉が置かれていた。
 死んだ亀の目をくりぬいて持ってきたのだと言う。
 これだけ立派な亀なのだから、これ以上化けて出ないように村総出で供養をするのだと。
 男は聞いた、誰がこんな化け物を退治したのか。
 村人たちの誰も化け物が倒される所は見ていなかった。
 一晩、皆で森や海岸の洞穴に非難したあと、朝になって初めて死んでいるのだと気づいたのだ。
 最初に亀を目撃した娘が言った。
 きっと美月は、海が使わしてくれた巫女の生まれ変わりだ、と。

 

第七話 屍は黄金を求め(前編)

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