秋月は青い髪を頭の両脇で結んだ少女の腕に一羽の鷲が降り立つのを、黙って見ていた。
 少女は初めて会ったときの扇情的な衣装とは違って、今は美しい刺繍の施された服を着て、スカートの丈も長かった。
「活国、現国王青風が”妹”、絵里夏。改めてお迎えに上がりました」
 絵梨夏は後ろに護衛を四人従えていた。今は全員馬から下りている。
 秋月は笑った。

――この娘は貴方に心ばかりの贈り物と用意したのですが…――

 数日前、白虎の城の中で言った青風が言った台詞だ。
「……何てやり口だ。既成事実を作らせて、政略結婚にでも持ち込むつもりだったのか。あんたのとこの王様は」
 絵里夏はその質問には答えず、
「先の船での”不備”のため、秋月様にはご迷惑をおかけしました。しいては、今度こそ零国に送り届けたいと青風様は申し出ています」
 要件を丁寧に言い直した。
 遠回しな嫌み。
 青風の船に先に仕掛けたのは、零国の船だ。
 不備が会るとすれば、秋月と零国の船とのやりとりに他ならない。
「つまり、私に詫びの気持ちがあるのなら、ついて来いと言うのだな?」
「……」
 秋月の視線が、絵里夏の背後の近衛四人を右から左へと流れる。
 そして、ゆっくりと瞬きをしてから彼らをあざ笑った。
「たった五人で、私を抑えられると思っていたのか?」
「……秋月様と私の立場は”同等”です。私に強制する力はありません。しかし、お請けして頂くことで、船での不備の一件を目をつむって頂きたいと、青風様はおっしゃいました」
 よどみなく喋る絵里夏だったが、腕が少し震えている。
 秋月は絵里夏の言葉を吟味した。
 丁寧に言っているが、青風の言葉は脅しだ。
 零国の船は戦闘拒否の求めに応じておきながら、活国の船を砲撃し、さらには兵器――機甲兵を投入していたことが明らかになれば、零国への品格は地に落ちたも同然だ。
(何故、母の尻拭いを私がっ――――)
 秋月は奥歯を噛みしめた。
 母は愚かだが、国民にまでその害を与えるわけにはいかない。
「わかった。その申し出、受け入れよう」
 絵里夏はうなづくと、秋月に左手を差し出した。
「では、私の馬の後ろにどうぞ。ご案内致します」
 秋月はその手を取らなかった。

第七話 屍は黄金を求め(前編)

 秋月は石の砦の前に立っていた。
 絵里夏は鷲を馬と共に近衛に預けると、中に入った。
 随分昔に廃棄されたらしく、木の扉は朽ちて崩れ、砦の中は外から入り混んだ砂と埃にまみれていた。
「ここいらはまだ何処の領内にも入ってないな」
 四ヶ国の境には、何処の国にも属していない空白の土地がある。主に合戦の場として使われるが、空白の土地はかなりの広さを有していた。
 一度秋月は、母の黒姫にこの地に砦を増やして、領土を広げてはどうかと進言したことがある。
 母の返事はこうだ。
『知っておるか? かつてあの土地は正治の民の物であった。あやつらの使っていた土地を、どうして触れようか。あそこは戦場として使われるに相応しい土地よ』と。
 秋月は納得しきれなかったが、母は決して応じなかった。
「どうぞ。青風様がお待ちです」
 絵里夏が奥の部屋の前で止まった。
 この辺りまでは砂も吹き込まないのか、石畳の床が姿を見せていた。
 秋月が部屋に入ると、多少は掃除したらしい部屋で青風が石の椅子でどっしりと構えていた。
 機能面にのみ特化されている上に、見かけばかりか座り心地も相当悪そうな椅子だ。
 この砦を建てた者は、まさか王族が使うとは思って居なかったに違いない。
「元気そうで何よりだ。秋月殿」
「よくたったの二日で国に戻り、私の居場所を突き止めたものだな」
 よく聞いてくれたとばかりに、青風は自分の膝を叩いた。
「貴方が海に落ちたと聞いて、苦労したぞ。潮に流されたのなら、大体の漂着場所は割れるからな。緑との国境際に船を付けて、すぐに馬に乗って移動だ。貴方が海に落ちたぐらいで、死ぬとは思わなかったが……万が一の事を心配してしまったよ」
「饒舌はいい。私に、船での不備を目をつむって貰う条件を聞こうか?」
「せっかちだな。まずはお茶でもどうだ。絵里夏、人払いとお茶を」
 近衛の者たちは秋月に不審の目を向けてから、王の側を離れた。
 絵里夏もお茶を石の机に置くと、その場から去ろうとした。
「絵里夏は居ていい。身分はもう証したな?」
「はい」
 答えて、絵里夏姫は青風の隣に座った。
 秋月の部屋に来たとき、絵里夏は椅子に座らず青風の隣に立っていたが、これが二人の立場を示す正しい姿だった。
「よく自分の妹に夜這いさせれたものだな」
 言いながら二人の前の席に秋月も腰を降ろした。
「武力でなく、血も流さずに戦を終わらせる良い手段だ。兄の口から言うのも何だか、絵里夏は器量が良いし、よくつくしてくれる。まぁ、残念な結果に終わってしまったわけだが……。自分で言うのも何だが、独身のいい男が一人ここに――――」
「それ以上言葉を続けたら、もう一度蹴飛ばしてやる」
 何処を、とは言わないが、秋月はドスの聞いた声で言った。
 秋月の目はかなり据わっている。本気の目だ。
 青風は咳払いをし、絵里夏はそんな青風に少しあきれている様だった。
「貴女が居るにもかかわらず機甲兵を自爆させた零国の民、いや現女王黒姫の振る舞いを見る限り、後日に会見の場を貰うのは難しそうなんでね。こうして無理をして準備をしたわけだ」
「もう少し、片づいた場所を用意して貰いたかったな。……それで? 私を娶(めと)って、活国に閉じこめるか?」
 冗談めいた口調で秋月は言った。
 しかし、青風は真剣な顔で否定した。
「もちろん君には零国に帰って頂く。君が王になった暁には、零国を私に明渡すという念書を書いて貰うがね」
 青風の台詞を秋月が一笑した。
「そんな事を私が受けるとでも?」
「ああ、思っていない」
 青風は机の上で手を組んだ。
「では逆にしよう。君が王になった暁には、活国を零国の支配下につくことを約束しよう」
「なっ?!! 一国の王が付く冗談にしては悪趣味だぞっ!」
 秋月は立ち上がり、机を叩いた。 
「冗談ではないよ。ただし、これから我々の悲願に貴女が手伝うという条件付きだがね」
 青風の顔は真剣そのものだった。
 一度は驚いた秋月は、席に腰を降ろしながら考えた。
「何故魔術が失われたのか。そもそもこの戦は何がきっかけで始まったのか。何より何故貴女が魔術を使えるのか……こんな話しに興味がおありかな?」
 秋月は出来るだけ自分の気持ちを隠してる様に振る舞おうとしたが、その赤みがかった茶色い瞳は青風の言葉に惹かれていた。
 魔術ついて誰よりも知りたいのは、その力を持って産まれた秋月だ。
 秋月のその渇望する眼差しが、青風への答えになっていた。
「……手伝う内容を聞こうか。悲願、と言ったな。正治の民の願いと言えば、正しき王が正しい統治をすること……まさか、私を正しい王などと思ってはいまい?」
 しばらく青風は言い渋ると、一度お茶に口を付けて喉を潤してから口を開いた。
「ある遺跡に共に来て欲しい。全ての答えはそこにある。……遺跡を見た後で貴女を脅したりはしない」
 秋月はあきれかえっていた。
「観光するだけで一国を譲るだと……? 馬鹿かお前。いくら何でも、そんな無茶を正治の民が許すわけあるまい。つまらない冗談は、もうたくさんだ」
 いい加減に本題を言え、と苛立ちながらお茶を飲む。
 絵里夏が減ったお茶をつぎ足した。
「それがな、許すのだよ。秋月。生きる屍の様なものだ、あそこは」
 青風は苦笑しながら告げた。
 最後の一言は、零国の王子として育てられた秋月にとって、許せない発言だった。
「それが本心なら、軽蔑する。多少性格に難があるとは言え、あざといやり口には関心していたんだがな」
「仮に俺の書いた念書が無駄になったとしても、その時は国を売った乱心者が一人処刑されるだけのこと。零国の王となった秋月には何の損益も無いだろう? ……まぁ、もっと実現しやすい物を書いて欲しければ言うといい」
 話は終わったらしく青風は立ち上がった。
「すぐに答えを出せとは言わない。明日、返事を聞かせて欲しい。そう長く時間は取れないのだよ、貴女の母君が怖いのでね。絵里夏、秋月を案内するついでに、外の者を呼んで置いてくれ」
「はいっ」


 部屋に案内された秋月は、絵里夏を呼び止めた。
 どうしても聞きたい事があった。
「なぜ情婦の真似ができた。青風の命令か?」
 絵里夏は、事も無げにうなづいた。
「……嫌じゃ、無かったのか?」
「私は王に仕え、王に従うものですから、個人的な感情は後にすべき事です」
 秋月は顔をしかめた。
 確かに臣下は王に仕えるが、それはあくまでも仕事の上での事。
 ましてや絵里夏は青風の妹だと言うのなら、普通の臣下とは立場が違う。
「捕捉するなら、青風様は良き王であられます。その王の下で働けることが、私の悦び。……おわかりになりましたか?」
 絵里夏の言葉は、青風と自分との間には主従関係しかないのだと告げていた。
「自国民を屍と称した男を良き王だとは、よく言えたものだな」
 秋月は侮蔑の思いを込めて、吐き捨てた。
「……」
「腕が立つ事も、賢い事も認めよう。だが、あんな発言は論外だ。なぜ側に居るなら注意をしない。国民に知られてみろ、人望は地の底に落ちるぞ」
 自国を手放すと言うほどだ。
 まるで国民に処刑されのを望んでいるようだ。
「……お言葉ですが。それは他国の常識、同じ尺度で我らを推し量らない方がよろしいかと」
「どうかな。良き王だと思っているのは、君だけじゃないのか? 国民全てが自分と同じ考えを持っていると、勘違いしない方がいいだろうね」
 しばらく二人は見つめ合った。
「他にご用は?」
「ない」
 秋月は通路に消える絵里夏の後ろ姿を見て思った。
 珍しく助言もしてやった。それでも、彼らがかまわないと言うのだ。
 それなら貰える物は貰ってやろう、と。
 巨大な亀の化け物を倒した秋月は、青風にも負けないと自信をつけていた。


 亀に追われて登った崖で目に付いた黒い人工的な丘は、赤い敷布にこぼれた黒インクの様に、そこだけが異質だった。
 丘だけを何処か別の場所から持ってきたかのようだ。
 その丘の裾に秋月たちはいた。
「馬で登るにはしんどいな」
 馬を操る絵里夏の後ろで、遺跡を見上げながら秋月は言った。
「上じゃない。遺跡は地下にある」
 青風が馬を降りると、すぐに近衛の者三人がそれに習う。残りの二人と絵里夏は秋月が降りるのを待ってから馬を降りた。
 近衛たちが降りるタイミングをずらしたのは、恐らく秋月が馬を使って逃げる事を警戒したのだろう。
 秋月はそんな彼らに苦笑した。
「入り口はこっちだ」
 青風の後ろに絵里夏と秋月が並んで歩く、その後ろに近衛たち。
 近衛の一人は馬と荷物を見るために外に残った。
 初めから一人は外に残ることが決まっていたらしく、言葉も交わさずに自然に役割が決まっていた。
 丘は近くで見ると、太陽の光を受けて反射する鉱石が混ざっていた。丁度、夜に瞬く星の様に。
 青風が壁を押すと、闇が分かれ、扉となって奥に開いた。
 七人全員が横並びで歩いても余裕があるぐらいに通路は広かった。
 しかし、先は真っ暗で何も見えなかった。
 青風は暗闇など何でもない風に歩き出し、秋月は僅かに躊躇した。
 絵里夏も平然としているのを見て、秋月も闇に踏み込んだ。
 扉からの明かりはすぐに無くなった。
「ここは正治の民の始祖の時代に城があった場所だ。今は土台しか残ってないがな、地下はこの通り健在だ」
 青風の声と足音を頼りにして、秋月は歩いた。
 そして気付いた。
 この暗闇の中で、斬りかかられたりしたら、自分は対処出来るのだろうか。
 武人は人の気配を読むと言うが、秋月にそんな力はない。
 いや、途中で置いて行かれたら秋月が表まで戻れるかどうかも怪しい。
 秋月は暗闇に不安に感じていた。
 ほんの数歩進むだけでもその五倍は歩いた気になる。
 心と体を切り離すことで、人が見えない遠くや壁の向こうまで探ることの出来る秋月にとって、全く見えない状態に置かれるのは初めての事だった。
「秋月様。そちらは行き止まりです」
 絵里夏が秋月の腕を引きながら言った。
 彼女は光の全く無い場所で、見えているのだろうか。
 秋月は我慢しきれず、
「明かりぐらい用意して無かったのか」
 嫌み混じりに言った。
 誰も答えない。
 しばらくして、青風が答えた。
「すまん、皆夜目に長けていたので忘れていた。奥には明かりがある、そこまでの辛抱だ。絵里夏、手を引いてやれ」
 秋月は驚いた顔をし、そして向こうからは見えるのだと気づいてすぐに表情を引き締めた。
 暗闇に怯えていると思われたくなくて、出来る限り堂々と歩くことを心がける。
 そんな秋月を、絵里夏は暗闇の中でほんの少し笑った。
「一人はここで待て、外で動きがある様なら奥の者に知らせろ」
 暗闇の中で何度か青風は部下に声をかけた。
 入り口で何かあれば順に大声を出させて、伝達させるつもりのようだ。
 四人居た近衛の最後の一人にもそう声をかけたところで、白い明かりが秋月の目の前に広がった。
「ここがこの遺跡で唯一、今も生きている場所だ」
 暗闇から急に日の下に出た時の様な眩しさに、秋月は額に手をやりながら部屋に入った。
 絵里夏が秋月の後に部屋に入ると、扉はひとりでに閉じた。
 しかし秋月は部屋に目を奪われ、背後で閉まった扉には気づかなかった。
 太古の物とは思えないほど美しく、目映いばかりに光り輝いていた。
 明かりの源は中央のガラス張りの箱の中で光る柱だった。
 部屋自体は秋月の自室よりも狭いくらいだったが、天井が高く、頂上から螺旋状に水が流れていた。
 澄んだ綺麗な水だった。地下から汲み上げているのか、それとも雨水を利用しているのかはわからない。
 秋月はもっと部屋を眺めていたい思いを振り払うと、青風に訪ねた。
「さて、教えて貰うか。全ての答えとやらを」



 青風は壁際の机に腰をもたれさせると、足を組んだ。
 絵里夏はその机とセットになっている椅子に座った。
「長い話しになる。楽な姿勢で聞くといい」
 秋月はうなづくと、ベットと思われる物に腰掛けた。
 昨日の石の椅子とは大違いに、ベットは適度な柔らかさを残していた。
「この部屋は、我ら正治の民にとって始祖と呼ばれる者が使っていた。我ら正治の民の理念は知っているな? 『正しき王の正しい統治』、我らの言う正しき王とは始祖自身に他ならない。そして正しい統治とは、始祖の意のままの統治のことを言う。つまり、俺や絵里夏は始祖が戻るまでの間の代用品だな」
 青風は机に置かれた青い冊子を手に取り、ぱらぱらとめくった。
「独裁政治か……しかしその言い方だと、始祖が生きているように聞こえるぞ」
 秋月は怪訝な顔をして聞いた。
 正治の民の始祖、一体どれだけ昔の人間だと言うのだ。
 当時、どんなに魔術が進歩していようと、人の寿命が大きく違っているとは思えない。
 長生きしたところで、人は百年と生きられないのだ。
 しかし、青風の答えは秋月の考える常識に反していた。
「その通り、始祖の奴は今も何処かで生きている。そして当時の魔術で今も我らを縛り続けている」
 秋月が何か言おうとするのを、青風は手で制した。
「この場所を見つけたのは、風牙と呼ばれる一人の王侯補だった」
 風牙の名を聞いて、絵里夏は青風を見上げた。
「そいつはおおよそ正治の民らしからぬ男で、彼は王候補として修行する傍ら、自分の国について疑問を覚えた。何を疑問に思ったのかは今となってはわからんが、彼は先祖伝来の剣術を修得し、王の位に着く事となった時に妹に伝言を頼んだ。『”我らの過去を知れ”と新しい王に伝えてくれ』とな」
「――待った。新しい王とは、その風牙自身じゃないのか?」
 青風の表情が陰る。
「……そうだ。そして妹は兄の頼み通りに、青の名を継いだ新しい国王に伝言を伝えた。つまり、この俺に」
 妙な言い回しを使う、その口振りでは――――。
 秋月の言いたいことは悟っているらしく、青風は言葉を続けた。
「そう、俺は青の名を継ぐ以前、風牙の頃の記憶の大半を失っている。絵里夏からの伝言が無ければ、俺も歴代の王と同じように、この大地全ての民を正治の民にしたいと思い続けていただろう。自身の不完全な部分に気づかずに……」
 絵里夏は心配そうに青風を見つめていた。
 共に育った彼女には風牙との思い出が残っているのだろう。
「歴代の王と同じ? 事故で記憶喪失になった、とかではなくてか?」
 青風は不敵な笑みを浮かべた。
「ああ。歴代の王で間違いない。これは非公式な事だがな、活の王は日々、誰にどんな指示を出したのか記録を残す。日記の様な物で自分以外は誰も見ない物だから、私事を書き留める者が多いんだが――――城に残されているだけ全て読んでみた。誰も青の名を継ぐ以前の事については書いていなかったよ」
 青風が組んだ足を下ろすと、腰の大太刀が机にぶつかり小さな音を立てた。
「俺は風牙が修行場に残した手帳を見つけ、この部屋の存在を知った。そして、見つけたのがそいつだ」
 見てみろ、と青風は手にしていた青い冊子を秋月に投げてよこした。
 表紙は無記名で、すり減った背表紙からよく使い込まれたものだとわかる。
 秋月は本を開いてうなった。
 それは様々な動植物、昆虫、竜や今では見たこともない怪物たちの解剖図が描かれ、後のページには生き物に施した改造の成果が克明に記載されていた。その中には、人間も含まれていた。
「面白い話をしようか。我が国、活国では他の国からの亡命者を受け入れている。その中には、兵士として取り立てている者も多くいるのだが……さて秋月殿は、我が国の兵士に”髪の青くない者”を見たことはあるかな? 居ないだろうな。居るわけがない。我らのこの髪は後天的なものだ。染料を使ったと思ったな? 違う。正治の民として、心が染まった者が青いのだ。俺と絵里夏は産まれながらに正治の民故に、本来の髪の色はわからんがな……」
 秋月は困惑していた。
 母はよく正治の民を何と呼んでいた? 青い髪の人間は存在しない、そう言ったか。 
「俺は風牙と同じ結論に辿り着いた。我ら正治の民は、知らずと意識統制を受けている。恐らく始祖の時代からずっと、な。始祖が留守の間の予備とはいえ、時の王と王侯補は他国との外交がある分、幾分統制が緩いようだ。……俺が特殊なのかもしれん。風牙であった頃から自分で考え行動し、ましてや人に伝言を頼んむなど……王になってこれまで、そんな正治の民は見たことがない。絵里夏も含めてな」
 青風の言葉はすでに独白に近く、絵里夏は物悲しげに兄を見ているだけだった。
 秋月は口元に手をやって考えた。
 もし青風の話が全て真実なら――にわかには信じがたいが――、正治の民は物を考えずただ王のためにのみ動く事になる。
 しかし、本当に考えないのなら、何故絵里夏は心配そうに青風を見つめるのだろう。
 秋月には国王ではなく、肉親を心配しているとしか思えない。
 秋月は話し続けようとする青風に、口を挟んだ。
「お前の過去や活国の事情はわかった」
 嘘だった。
 だがこの話を突き詰めていくと、一晩や二晩で話は終わりそうにない。
「……で、聞きたいのは大昔の独裁者が使った洗脳呪文の話ではなくて、何故私が魔術を使えるのか。それと始祖が生きているのなら何処に行ったのか。そして私に何をやらせたいのか。……出来れば完結に話して貰いたい。お前は、ここの資料を全て読んだのだろう?」
 秋月は大昔の実験記録を流し見た。
 始祖は、生き物を好きに作り替えることを楽しんでいた。
 巨大化、合成、掛け合わせ……始祖が人間への改造で拘っていたのは、青い髪を作る事だった。
 好みの色が出なかったサンプルは印が押され、その先の観察記録は白紙だった。処分されたか、怪物の餌になったか。
 そして恐らく、始祖にとって理想の青く美しい髪を持つ青年は、今秋月の前に居た。
「俺たちの望みは、青の民を終わらせること――――始祖の残した術を解くことだ。それにはどうしても魔法を使える者が必要だ」
「”不完全な魔術”だと言ったのはお前だろうが。仮にその話が本当だとして、”完全な魔術”が普及していた時代の……天の使いとまで称された正治の始祖の術に、対抗できると思っているのか?」
「今無理でも鍛えれば良い。……いや、もっと簡単に我らの術を解く方法はある」
 青風は自分の大太刀の柄に手を置いた。
「始祖をもう一度喚びだし、始祖自身に開放させるか。それとも、殺せば良い」 

 

第七話 屍は黄金を求め(後編)

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