第一夜 海の呼び声




 双子の娘たちが屋根裏で楽しげに遊んでいた。
 喪服のような黒い服を着て、玩具と呼べるものは一切無い。
 でも、二人はお互いが居るだけで充分だった。
 少女たちの動きに合わせて紫色の髪が揺れた。
 二人は色も形も似たような服を着ていたが、片方は金の腕輪を付けていた。
「ねぇ、みてみて。新しいお洋服だよ」
 腕輪をつけた方が、くるりと回って見せた。
 スカートがひるがえり、髪が広がる。
「うん。リマ、可愛い」
 もう一人は微笑んだ。
 リマは、妹の手を取って、
「これで、ミラにも新しいお古をあげられるね」
 眩しい笑顔で言った。


〜1〜

 月が夜空を彩る中、港街の酒場では、小さな宴が開かれていた。
「あれだっ。やっぱ一仕事の後の一杯は美味いなーっ」
 自分の頭より大きいジョッキを抱え、少年は満足げに言った。
 生まれつきの褐色の肌は、外での任務をこなすうちに更によく焼けていた。黒い髪は短く切られており、その青い双眸は並べられた料理を映しだしていた。
 手の甲で口の周りについた泡を拭うと、肉を掴んで噛りつく。
「兄さん。行儀が悪いよ」
 無作法な少年を、連れの青年がたしなめた。
 どう見ても、青年の方が十は年上に見えたが、兄と呼ばれた少年は気に止めた風は見せなかった。
 若草色のフードを外した青年は、白い肌と銀色の髪を晒していた。
 料理を運ぶ娘が、青年を盗み見しては頬を赤く染める。
「ばーか。無礼講だって。……で、何処まで話したっけか? ああ、歌声が聞こえてきたところだったか」
 二人は、街を襲う魔物を退治したちょっとした英雄だった。
 兄と呼ばれた少年は、好奇心旺盛な村人たちに、いかにしてセイレーンの声の魔力を打ち破ったのかを熱弁する。
 幾人もの船乗りが命を落としたセイレーンは美しい人魚と噂されていたが、その正体は人間の美的センスからは程遠い、言うなれば醜い顔をしていた。
 その醜悪な半魚人の遺体はすでに炎によって浄化され、残った骨と灰は海へと撒かれた後だ。
 強いアルコールの匂いを嗅ぎつけ、明日、兄は二日酔いだろうな、と銀髪の青年は思った。
 そういう青年も、相当強い酒を飲んでいるのだが、自分は構わないらしい。
 自分の事を棚に上げた物言いと思考は、この似てない兄弟の数少ない共通点だった。
 もう一つの共通点は、二人の尖った耳で、これは人間の亜種、"人族(ひとぞく)"の証でもあった。
 人族が人間に混じって生まれるようになったのは、ここ数百年のことで、寿命は人間の倍ほど。また、人族は人間と同じ様には成長しない。幼体期と成体期があり、その移り変わりが顕著に表れる。
 例えば、体格だけでなく、褐色の肌と黒髪から色白の銀髪に化けることもある。
 そう、二人は血のつながるれっきとした兄弟なのだ。
 盗賊としての才に恵まれた兄のイズル、一見十五にもみたない子供に見えるが、実年齢は二十歳を超えている。逆に魔術に長ける弟のセクトは、見かけこそ成年でも、実年齢は十三だと知ったら、店の女達は驚愕するだろう。
 人族が成体に化けるのは、17歳ぐらいだと言われている。この二人が似ていないのは単に、成体になるのが遅いか、早かの差に過ぎなかった。
「……ん?」
 イズルは視線を感じ、ごった返した酒場を見渡した。
 便乗して酒を飲む男、セクトに声をかけまいかと悩む女、嬉々して話を聞く者などが大半だが、その中に混ざって、酒場の隅に黒いマントでフードを被った男が席についていた。
 男はイズルと一瞬目が合うと、すぐに酒場を出て行った。
 兄弟はお互いの顔を見合い、うなずきあった。
「――さって、そろそろ引き上げるかな。残った料理は、任せっから……っとこいつは飲んどっか」
 イズルは残ったジョッキを一気に飲み干すと、テーブルの上に置いた。
 セクトも椅子に立てかけておいた杖を手にして、立ち上がる。
「本日はありがとうございました。我々も少々疲れていますので、先に」
「ごっそさん。美味かったよ」
 名残を惜しむ村人を残して、二人は酒場を出た。


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 波の音が、一定のリズムを刻む。
 二人は宿屋ではなく、港の方に向かってなだらかな坂を下った。
 より人の居ない方へと。
 街燈も減り、星々の光だけが暗闇を照らした。
 やや冷気を含んだ潮風は、二人の酒に火照った肌に心地よかった。
「ちょっと飲みすぎたかな」イズルはゲップをした。
「明日、どんなに頭が痛いと訴えても、僕は知らないからね」
 女性に甘いマスクの持ち主は、あきれた顔をして告げた。
「あ〜ぁ。ギルドの使いも楽じゃねぇなぁ」
 少年は頭の後ろで腕を組み、ぼやいた。
 この世に魔法が現れて数千年、魔物と呼ばれる獣が跋扈(ばっこ)するまで大した時間はかからなかった。やがて、魔物退治を生業とする者達が現れ、それを統括する組織が生まれた。
 それがギルドである。
 ギルドに加入する者たちはグループの能力別にランクを割り振られ、それに応じた任務を与えられる。
 二人は最近ギルド内で名を売り出したばかりの新人だった。
 ランクで言えば、並よりちょっと上なぐらいだが、新人としては上々な部類。
 通りの真ん中で、さっきの黒フードの男は待っていた。
 銀の止め具が月の光を受け、キラリと光った。
 その止め具に掘らている鴉の文様は、ギルド観察官の証だった。
「イズル、セクト。両名供に無事で何より。では、次の依頼の説明をしましょうか」
 黒いフードの下の口が微笑んだ。
 名をクロスと言うが、恐らく偽名だろう。
 ギルドの上位の人間は、呪いや地位を狙ったものたちを用心し、まず本名は明かさない。
 黒いフードからのぞく整った鼻筋とあごのラインは、何処か女性的だった。
 マントの下には剣を隠し、自然な立ち姿の中には一切の隙がない。
 兄弟は、監察官の話に耳を傾けた。
「場所は先日告げた通り、変更ありません。伏せていた相手ですが、吸血鬼を二体ほど倒して頂きます」
 クロスはまるで近所の八百屋に使いを頼むかのように、軽く告げた。
「……"ヴァンパイア"……だって?」
 イズルは自分の聞き違いであることを期待し、問い返す。
 だが、クロスはうなずき、その期待は裏切られた。
 宴のほろ酔いなど、一瞬で冷める。
 セクトの表情にも緊張の色が隠せない。
 当たり前だ。
 吸血鬼と言えば、専用のハンターかギルドのトップランクが相手する獲物で、ぽっと出てきたばかりの新人が相手にする奴じゃない。
「当方としても、あなた方のランクに与えられる仕事ではないのですが……どうも、私どもは上層部に覚えが悪いようで。まぁ、相手は"仮初(かりそめ)"ですから。万に一つぐらいは勝てるかも知れませんね」
 クロスは苦笑しながら、指で頬を掻いた。
 吸血鬼には、二種類存在する。生まれながらの"真"と、元々は人間であった"仮初(かりそめ)"。どちらにせよ、魔法や呪いまで使いこなす不老不死の化け物だ。海で惑わしの歌を歌うだけのセイレーンとは、比較するに値しない。
 つまり、生きて帰ってくるなと言われたも同然だ。
「ま、俺らは人族だから当然として、あんたは人間だろ。何をやらかしたんだ?」
 そう、監察官も俺たちと一緒に吸血鬼退治に当たらなくてはならない。自分が輔佐するパーティが失敗すれば、監察官も責任が問われるのだ。
 人間は、自分たちよりも身体能力や免疫力の優れた人族を警戒し、魔物を退治するのに優れた種だとして、ギルドに加入し戦地に赴くのを義務にした。
 任務を達成すればするほど、人族は人間に恐れられていくのだから、これは、ちょっとしたジレンマだった。
 人族であるイズルとセクトには、任務を拒絶することができない。
 せいぜい監察官を通じて、不満を漏らすのが関の山だった。
「上には抗議を入れたんですが、聞いてもらえませんで。これも一つの運命だと思って、共に頑張りませんか? 今回のみ例外として、私もあなた方の戦いに参加しましょう」
 クロスは白い歯を見せんばかりの笑顔で、左手を二人に向かって差し出した。
 その手を見て、セクトは眉をひそめる。
「その汚れた手を僕に触れろ、と?」
 弟は心底嫌そうに告げた。
 クロスの前向きな笑みがひきつる。
 慌てて、イズルはクロスの手を取ると、半分やけっぱちに言った。
「と、とにかく、よろしくな。セクトの言うことは気にすんな、こいつはまだガキだからさ」
 イズルは、隣からものすごい悪意を感じたが、気づかなかったことにした。
 生き残りたければ、味方は少しでも多いに限る。

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