第六夜 終わりの朝




 私には名前しか知らない家族がいた。
 里子に出されていた私を除いて、家族は炎に消えた。
 手に残されたのは家族の肖像画だけ。
 父と母、そして瓜二つの顔をした二人の姉。
 ――いや、私の姉だったモノ、か。

 黒い布がふわりと風に揺れた。


〜6〜

 イズルの後を追って歩き出そうとするミラの前に、音も無く男が降りてきた。
 その黒いフードを被った男に、覚えのある顔立ちを見出してミラは喜んだ。
 なぜここに彼がいるのかわからないが、ミラは嬉しかった。
「10年…あれから10年過ぎたのに、貴女は変わらないんだね」
 男の手には剣の代わりに、白い杭が収まっていた。
 側に駆け寄ったミラに男は微笑みかけた。
 少女はあまりに隙だらけで、無防備だった。
「これで終わりにしよう……ね? ねぇさん」
 名を呼ぼうとするミラに、男は杭を突きたてた。

 徐々に空が光射す。
 水のせせらぎが、この森が完全に死者の支配から解かれたとこと物語っているようだ。
「……ぉぃ」
 イズルは男の――クロスの背に声をぶつけた。
 黒いローブに身を包み、顔を隠した男は、足元の白い粉の山を蹴散らした。
 残ったジャケットから、白木の杭が乾いた音をたてて、転がった。
「っ!!」
 カッとなると、イズルの拳がギルドの監察官を殴り飛ばしていた。
 歯の何本かは折れたはずだ。
 殴られた拍子にフードが外れ、クロスの顔が剥き出しになった。
 肩ほどの長さで紫の髪が波打ち、同色の瞳が真っ直ぐにイズルを見つめる。
 クロスは、殴られるのを承知で避けなかったのだ。
 そしてそれは、どこか吸血姫を思い出させる顔立ちで。
「てっきり、あなた方程度のランクでは、良くて僕(しもべ)の二体までだろうと踏んだのですがね。まさか主を滅してくるとは思いませんでしたよ」
 折れた奥歯を地面に吹き、クロスが言った。
「……てめぇ、初めから俺達を利用したなっ」
 イズルがクロスの胸倉を掴みあげた。
 少年の体躯とは思えない力強さだった。 
「ああ、そうだよなっ。いくら人族が好まれないからって、こんな任務がおりるわけがねぇっ。ねぇさんとか言ったな、ミラの身内か、あんた。……そうか、身内に魔物を出したから、あんたっ」
 朝日が、少女と同じ面影の男を照らした。 
「その…馬鹿力を押さえてくれませんか……」苦しそうにクロスがうめいた。
 イズルが開放すると、喉を押さえ、むせるように足りない酸素を吸う。
「……どうやら、あなたは人間のようだ。運のいい」
 もう一度、イズルが殴り飛ばそうとすると、クロスは肩をすかした。
「概ね、あなたの言う通り。そう、彼女たちは、私の姉だった。もっとも、会うのはこれが二度目だったけどね」
 最初に戦闘を仕掛けたときと、たった今の二度だけ。
「ミラは、人間を殺すことに目覚めていなかったっ。ただの被害者だったんだっ。それを――」
「いいえ。彼女は殺したんですよ。それも楽しそうにね」
 クロスの瞳が冷ややかに光る。
 それは、魔物と化した姉への差別の思いだ。
「吸血鬼となった彼女達が最初に行ったのは、自分達の村の虐殺。生き残りの証言もある。"二人の悪魔が笑いながら、村に火を放ち、赤子すら殺して回った"ってね。幸い、私は養子に出されていたので難を逃れましたが――」
 イズルは、話を続けようとするクロスを殴り倒した。
「違うだろっ。てめぇは、出世したいから姉を殺した。建前をほざくなっ」
「やれやれ……。今回の報酬は私から個人的にお支払いしましょう。"偶然遭遇した"とはいえ、吸血鬼を三体退治したとなれば、私へのポイントも入りますので」
 黒いローブについた埃を叩きながら、クロスは立ち上がった。
 更に殴ろうとしたイズルの拳は空を切る。
 ほんの一瞬で、監察官は木の上に移動していた。
 フードを降ろし、また顔を隠す。
「これ以上殴られてはたまりませんから、お支払いは落ち着いた頃に……では」
 現れた時と同じように、森に気配が溶け込み。消えた。
 やり場の無い拳を、少年は木に叩きつけた。
「……ざっけんな。ざけんじゃねぇぞ。クロ―――スっ!!」
 褐色の肌をした人族の少年は吼えた。
 

< BACK NEXT >


[ 戻る ]