いつもと同じ朝、
いつもより早起きな彼が立っていた。


今日は、彼が率いる遺跡の発掘調査の最終日だ。


しかし、発見した物といえば、砂と枯れ枝ばかり。
当時の道具も建物の土台や道のひとつ出てこなかった。

完全な空振りだ。

そもそも、地図にも残っていない遺跡を、
伝承だけを頼りに探すこと自体が難しい。


現地で雇うはずだった人手は、
彼らの年収を上回る報酬を約束しても、
誰一人ついてこなかった。

皆、口を揃えて呪いが恐ろしいのだという。



現地の人間の話も聞けず、研究室の学生の数は十人も満たない。


ほんの少し、砂をすくったところで、何がみつかるだろう。
この砂と乾きに嫌気がさして、帰りたがっている者も多い。


彼ひとりが、遺跡の存在を信じ続け、その結果がこれだ。
さすがの彼も、諦める時が来たのだろう。


まだ、もう一日ありますよ。
そう励ましの言葉をかけようと、彼の背中に声をかけた。





意外なことに、振り向いた彼は笑っていた。
咽まで覆った服は暑そうなのに、彼は一度も脱ごうとしなかった。


彼はもう一度、空を仰ぎ見る。
その瞳は、遺跡について語る時と同じ、愛しさが宿っていた。
まるで、そこに捜し求めていた遺跡があるかのように。


「昔は、誰にでもあの遺跡を見えていた」


ああ、まただ。
彼は、自分が遺跡で暮らしていたかのような物言いをする。

いくら長命種だからと言っても、
彼はまだ二百と生きていないだろう。

遺跡に焦がれるあまりに、
自分自身が太古の人間になったと思い込むのだろう。


「昔はこの地に踏み込むだけで、人は発狂したという」





「外観を口で伝えるのもおぞましく、
遺跡の姿を描くことはおろか、記号として残すことも恐れた」


かつてはこの地は、緑の草原が続いていたという。
今では砂に埋もれてしまった川の周囲には、都があった。

水があり土地が豊かなら、文明だって生まれるだろう。

しかし、その記録に残っていない都は、
よほど特殊な支配者だったらしく。
現代でも、呪いという言葉で、付近の住民をよせつけない。



「しかし、君たちはこの地が何も無い、つまらない所だという」

「この差は、どうして生まれたのだろうね?」

問いかけながら、彼は嬉しそうだった。





答えようとして、朝食を知らせる鐘の音が鳴った。

食事当番が、ハンドベルを盛大に振り回しながら、テントを回っている。

お腹が鳴った。
ここでの楽しみは食事ぐらいのものだ。

「……の……だ。食べてきなさい。僕はもう少し、空を見てからにするよ」

鐘の音にまぎれて、彼の声が聞こえなかった。

うなづいて、キャンプの方に駆け出した。

ふと、先ほど彼が何を言ったのか気になったが、

銀色のトレイに盛られた食事を見て、
すぐに忘れてしまった。










――最後の食事だ。



「凄いよ。アイツらまだ食欲があって、元気だ」
一人であるはずの、彼の右肩から甲高い声がした。
そこには口があった。

その口が食い破ったのであろう、
彼の服は肩の辺りが裂けてむき出しただった。


いかに長命種といっても、持ちえない口だった。


しかし、誰も彼の肩の口に気づいたものはいない。
そればかりか、肌をぴったりと覆った服が暑くないのかと聞いてくる。

これには彼も、肩の甲高い声の口も驚いた。

見かけを騙す術は得意だったが、かけた覚えがなかった。
もう、そんなところまで、人の進化が進んだのだ。

この世あらざる者を前にして、認識しないことで正気を保つとは。
彼の口から、ククとしのび笑いがこぼれる。

認識せざる得なくなったとき、どうなるのか楽しみだった。



「いつから始める? みんなもう、待ちきれないって」
甲高い声の口が言った。
よだれが、彼の肩をぬらした。


昔は、近づくだけで正気を失い、
死んでしまう事も少なくなかった。

弱った獲物に牙をかけても面白くない。
そう、最初に言ったのは、誰だったろうか。




「今から、だよ」












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