道化師

2005年 春 作:酉(とり)


   1./

 一人の道化師が居た。
 彼はとても上手におどけて見せたので、いつも沢山の拍手を貰っていた。
 彼の演技に道行く人は誰もが足を止め、腹を抱えて笑った。
 街で彼のことはちょっとした評判になっていた。

 ある日、彼は病院に来て欲しいと頼まれた。
 みんなを元気づけて欲しいと。
 仕事はボランティアだったが、彼は喜んで引き受けた。
 陰気な病院は、たちまち陽気に包まれた。
 子供たちは彼を囲み、老人達は顔を破顔させた。
 窓辺で車椅子の少女が、口元を手で隠してクスクスと笑った。
 目があって、彼がスマイルを見せると彼女はそっと微笑んだ。

 彼は車椅子の少女に恋をした。

 その日から、彼は少女の病室に通うようになった。
 彼はいつも自分が渡せる最高のプレゼント、”笑い”を用意していた。
 赤い木の葉が落ち、木枯らしが吹きだした。
 少女は何度も手術を行ったが、次第にベットから起きあがることもできなくなっていた。
 長い入院生活で少女の頬はこけ、腕は骨のように細くなっていた。
 それでも彼は、少しでも少女を笑わせようと、道化を演じ続けた。


 そしてイルミネーションが街を彩り出す頃、少女はいなくなった。


 最後にあった日、最後に交わした言葉を彼は思い出せなかった。
 ただあまりの悲しみに、茫然としていた。
 少女の身体に花を手向けて、やっと彼はある事に気づいた。

 自分は彼女に一度も”好きだ”と伝えていなかったことに。



 この街には昔、評判の道化師がいた。





   2./


 涙の化粧をした道化師は、泣いた顔のままで舞台を過ごす。
 演目が流れ、華やかな舞台をみんなと一緒にみても、彼のメイクは涙のまま。
 そうしてみんなが道化師の事を忘れたかけた頃、彼はにっと笑って、涙のメイクをハートに変えた。

 道化師は笑っていた。
 彼女のくれたハートと共に。





 笑うことしか知らなかった道化師は、悲しみを覚えて、涙におぼれた。
 彼女の最後を笑って見送ったとき、彼女は彼の笑顔を持ち去った。
 笑えなくなった道化師は、メイクを落として町を彷徨った。

 誰かが噂していた。
「街で一番の道化師が消えた」
「長い冬もあいつが居ると、暖かかったのに」
「あの、おにーちゃんは?」
 せがまれて、彼は一度だけのつもりで、昔の道具を引っ張りだした。
 昔と同じ、赤い大きな鼻に口を大きく見せるメイク。
 ただひとつだけ、彼の化粧には涙のマークが増えていた。
 こうして街に道化師は帰ってきた。

 どんなに人に笑って貰っても、滑稽な演技をしてみせるときも、彼の顔には涙があった。
 彼が悲しみの虜であることを示すように。
 街の人たちは、そんな彼の気持ちには気づかず、ただ彼の再来を喜んだ。
 笑いころげた子供は言った。

「笑いすぎて、涙がでちゃった」


 道化師は手を止めた。
 黄色や緑のカラーボールが床に弾んだ。
 彼女と共に笑えなくなったと思っていたのに。
 子供には笑っているように見えているじゃないか。

 彼は、失った自分の笑顔が、ずっと側にあった事に気がついた。
 彼女は、彼の笑顔を奪っておらず。
 彼はもう悲しみを乗り越えていたのだと。
 床に弾んだボールを、彼はしっかりと捕まえた。

 子供たちは、道化師の顔を指さした。

「ほら、みてよっ。涙がハートになった」



 こうしてこの街一番の道化師は、この国一番の道化師になった。
 彼女のくれたハートと共に。








   ?./


 次の春までもたないだろうと言うことは、わかっていた。
 それでも、彼は最後まで彼女を笑わせようと一生懸命だった。
 どんなに寒くても、辛くても、彼の笑顔は暖かかった。

 もう、ベットから身体を起こすのが精一杯の少女は言った。

「私、いつか貴方の舞台を見てみたいわ。みんなで大きな声をあげて笑うの」


ありがとう
 その時は、貴方を一番よく見える席に私を招待してね。




...おしまい

 

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